砂の海の始まり
果てなく続く砂漠の世界を旅する男、トワ。
ある日、彼は盗賊に襲われた村で少年フォレスと出逢う。
フォレスは、困ったように笑った。
「僕にはよく分かんないや。大人の方が立派だと思ってたんだけど」
「耳が痛い話だ。同じ大人として申し訳ない」
トワは苦笑いした。
「大人になっても中身が子供みたいな奴もいるからな。しかも、知恵や力を付けている分、子供よりタチが悪い。そういう奴らが、強欲な貴族や君らを襲った盗賊みたいな悪党に成り下がるんだ。そして、悲しいことに世の中の大半がそんな奴らなのさ」
「本当に悲しいね。大人がもっとしっかりしてたら、こんなことにはきっとならなかったね」
「今の時代の子供も苦労するな」
トワが苦い顔をした。フォレスも苦々しく笑う。
「でも、そういう人達ばかりになっても仕方ないのかもしれないね。みんな生きるのに必死なんだよ。砂だらけで食べていくのがやっとの世の中だから」
「その世の中ってのも、大人が作り出した」
「え?」
フォレスは呆気に取られた。トワは少し間を置いてから、
「フォレス、歳はいくつだい?」
と、聞いた。フォレスは目を丸くしたまま、
「10歳だよ」
と、答えた。
「この世界に生まれたばかりだね。でも、君はなかなかに賢い」
「そうかな?」
「そうさ。そして、優しい。だから、この話を聞いてもっと人間にがっかりするかもしれないが、その…なんていうのかな、広い心で受け止めて欲しいんだ」
「うん、分かった」
「と、その前に、今までさんざんしゃべっといてなんだが喉が渇いちまった。普段一人旅であまりしゃべらないからな。それに砂漠だから余計に、な。俺は葡萄酒とパンを持ってるんだが、一緒にどうだ?腹が減っては戦もできんが、喉が渇いちゃ会話もできん」
「その割にはよくしゃべってるよ」
そう言って、フォレスは笑う。
「僕はお酒は飲めないから水桶に残ってる水を飲むよ」
束の間、二人は食事に没頭した。
フォレスは柄杓で水桶の中の水をすくって飲み、トワはカバンから取り出した小瓶の葡萄酒を飲みながら、乾燥した硬いパンをバリバリと噛み締める音を部屋の中に響かせた。
食事を終えると、トワが語り出した。
「今、世界は、地表のほとんどが砂で覆われている。
君が生まれた頃も既にそうだったから、君は砂漠の世界しか見ていないだろう。
かつての地球は、そうではなかった。
遥か昔、陸は今よりも多く、海は広大だった。君は海を知っているか?
本で読んだ?そう、塩水なんだ。多くの生き物が泳いで住めるくらい、たっぷりあるんだ。物知りだな、フォレス。
それだけ昔は水があったのさ。
風で波が立ったり、月の引力で増えたり引いたりするんだ。水平線に夕陽が沈む姿はなんとも美しい。あの素晴らしい光景を、君らが知らないことが悲しい。ぜひ見てもらいたいよ」
トワは懐かしそうに目を細め、小さく笑った。フォレスはその笑みに寂しさを感じた。
「その海からの風に乗って、雲ができ、雨が降る。大地に恵みがもたらされ、木々や草花などの緑が育つ。
陸は砂漠だけじゃなかったんだよ。
その陸と海が3:7ぐらいの割合で地球を占めていた。緑豊かで生き物も多くいたんだ。
だが、そんな数百年前の姿とは比べ物にならないくらい、今の世界は枯れてしまった」
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