二人の出逢い
まだ日は高いが、トワはラクダに乗り砂漠を進んだ。
先ほど襲ってきた盗賊達が目を覚ます前に、なるべく遠く離れておかなくてはならない。
幸い風が強いので足跡は残らないが、彼らは遠方の獲物を見つける目を持っている。油断はならない。
強い日差しが照りつけようが、今はとにかく前へ進むしかない。
ラクダは元々盗賊のものであったが、特に彼らを名残惜しくは思ってはいないようで、出会ったばかりのトワの言うことを素直に聞いた。
しばらく行くと、冴え渡る青空に黒い雲が立ち上るのが見え、その下に砂の大山が現れた。
「あの山を越えれば、お前の元ご主人様は俺達を見つけられないよな?」
トワがラクダに陽気に声を掛けると、ラクダはゆっくり頭を下げた。
トワはラクダと共に砂の大山を登っていった。山を越えると、麓に集落らしき家々が見えた。いや、集落だったものだ。
焼けていた。家々は木造かテントだが、ほとんどが黒く崩れ、燻っていた。大山の上の雲だと思っていたものは、黒煙だったのだ。
トワは顔を歪めて集落の方へ降りて行った。
焼けた家の近くに幾人も人間が倒れていた。集落の住人だろうか。皆斬り殺されていた。幼子もいた。泣き叫ぶ表情のまま事切れていた。
ラクダから降りたトワは、焼け跡を歩いた。ラクダはこの光景に慣れているようで、特に怯える様子なく、立ったままつぶらな瞳でトワを眺めている。
トワは一人一人の亡骸の前で手を合わせてから亡骸を運び出した。家の下敷きになっている者も、黒焦げの材木をできる限り押し退けて運び出し、一つ所に並べて寝かせた。
焼けていない家もあったが、声を掛けても返事はなかった。入り口の鍵は壊されており、中に入ると二人の無惨な亡骸があった。どうやら夫婦のようだ。
トワが運ぼうとすると、荒らされた部屋の奥から物音がした。そちらを見た瞬間、ドンとトワの胸に何者かが飛び込んできた。
子供だった。その手には、ナイフが握られ、刃先はトワの左腹部に深く食い込んでいた。
トワは少し驚いた表情を見せたが、そのままゆっくりと子供を抱きすくめた。
「俺はトワ。旅人だ。二人のお墓を作りたいんだが、いいか?」
子供の肩まで伸びた栗毛や痩せた体が小刻みに震えているのを感じる。少しの間そうしていると、子供はすすり泣き始めた。ナイフに込められた手の力は抜けていた。
二人は床に倒れていた男女を外へ運び、既に横たわっている大勢の亡骸と同じように横たえた。
そして、材木の破片や錆びたスコップを使って黙々と穴を掘った。数人分の埋葬が終わる頃には、夜になっていた。
まだ埋葬できていない亡骸に焼け残った布やむしろをかけてから、二人は子供のいた家に入った。
「盗賊にやられたんだ」
トワがランプに灯をともすと、床に座り込んだ子供が初めて口を開いた。
「僕、恐くてずっと物置に隠れてた。でも、父さんと母さんが…」
少年は嗚咽を漏らして泣いた。トワは少年の背中をそっとさすり続けた。部屋にはすすり泣きの声が響いた。
しばらくしてから少年は落ち着きを取り戻した。
「僕の名前はフォレスト・ウォレス。フォレスって呼ばれてる。あの、さっきはごめんなさい。お兄さんは、ケガは大丈夫?」
少年は申し訳なさと心配の入り交じった表情でトワの左腹部の辺りを見た。
トワは「あ、そうだ」と思い出したように黒いマントをめくり、血染めになった白いシャツを見せた。少年はぎょっとした。ナイフがまだ刺さったままだ。
「ずっと、そんな、状態で」
苦しい素振りも見せず、トワは亡骸を運び、穴を掘り、埋め続けていたのだ。
フォレスはカタカタと震え出した。
「ナイフを抜くと、もっと血が出るからな。それじゃ作業に集中できない」
トワはまじまじとナイフの刺さった自分の腹を眺めながら言うと、両手で一気にナイフを引き抜いた。一瞬、顔が強張ったが、後は淡々とカバンの中の道具で止血の処置を行なった。フォレスは息を飲んでその様子を見ていた。
「思ってたより出血が少なくて済んだな」
腹に包帯を巻きながらトワが笑い掛けると、フォレスは涙ぐんで床に手をついた。
「ご、ごめんなさいっ!そんなだったなんて…本当に…ごめんなさい!」
「いいんだ。俺をあいつらの仲間だと思ったんだろ?ご両親があんな目に遭ったんだから無理もない」
「でも、僕は…関係ない人を殺しかけた」
「俺だって君の立場ならそうしただろうさ。自分の身を守る為にな。正当防衛って奴だ。君のご両親がもし、君が自分の命を自分で守れたことを知ったら、きっと誇りに思うだろうな」
フォレスは顔を上げて、部屋の奥の壁を見た。そこには、額には入れられた写真が飾られていた。写真に映っているのは、フォレスの両親だ。
二人の笑顔を見つめながら、フォレスはまた俯いた。
「でもさ、生きる為でも悪いことはしちゃいけないでしょ。父さんにそう言われてたのに…僕は、人を、刺した」
「確かにそうだ。だが、分かっててもうまくいかないこともあるだろ。いや、うまくいかないことの方が多いか。
だからといって、君があいつらと同じとは俺は思わない。同じ生きる為という理由でも、あいつらは無抵抗の者をむやみやたらに皆殺しにしやがった。許されないことだ」
トワは言いながら、嫌悪感をあらわにした。一瞬見せた暗い眼差しに、フォレスは得体の知れぬ寒気を感じた。
「昔から人間は、やれ神だとか使命だとか、自分に都合のいいくだらん理由を掲げて侵略や虐殺をしてきた。理由なく殺す奴だっている。結局のところ、力があるから暴れたいとか、人を傷つけたり苦しむのを見てみたいとか、そんな理由なんだ。そんな奴らよりずっとマシだよ、君は」