恵みの水
地上のほとんどが砂漠に覆われた世界の物語。
盗賊に襲われた村で出逢ったトワとフォレス。襲い来る盗賊達を倒した二人は共に故郷を目指し旅に出る。
~登場人物~
トワ…砂漠の世界を旅する男。常に黒装束でサングラスを掛けている。
フォレス…盗賊に襲われた村でトワが出逢った少年。
砂漠という、広大な乾燥地帯で水を探すのは、至難の技だ。
長く砂漠を旅しているトワですら、水を手に入れるのは苦労する、と言う。
だから、一回に飲んだり使ったりする水の量は、極力少なくしている。それは、村で大人達に守られながら育ったフォレスにとっても、砂漠で生きる上での常識だった。
「僕らの村ではね、水を無駄遣いした子供は、手の甲を鞭で叩かれたんだ。大人達が外から水や食べ物を村に運んで来る苦労を知っているから、僕はそんな無駄遣いは出来なかったけどね」
フォレスはラクダに跨がり歩かせながら、同じようにラクダに乗るトワと話していた。
「無駄遣いを無くすのは、いい習慣だな。でも、鞭は痛いな」
トワは想像しただけで、痛そうに目を細める。
「本当は、こうやってお喋りするのも、よくないんだ。身体の中の水分が、減っちゃうからね」
「たまにしか話さないんだったら、いいんじゃないか?」
トワは気楽に構えている。フォレスはフフッと笑みをこぼした。
「そういえば、君の村の大人達は、どうやって水を手に入れてたんだ?」
ふいにトワが聞いた。フォレスはうーんと唸る。
「よくは分からないけど、村の外へ出て水場を探したり、遠くの町に出かけて商人から水を買ったりしてたんじゃないかな。でも、こんな砂漠でオアシスなんて見つけにくいから、買うことの方が多かったと思うよ。
そういえば、大都会のお金持ちのお家には、水がいくらでも出てくる管が壁に付いてるんだって。本で読んだんだ」
フォレスは羨ましそうに目を輝かせた。
「ああ、そりゃ蛇口のことだな」
「蛇口?」
「そういう家には大抵、屋根裏や屋上に水を溜めておくタンクがあって、そこから家の中まで管で水を引いて、ツマミをひねると蛇口から水が出るようになってるんだよ。
地下水を汲み上げてるとこもあるぞ。きっと、雨水を溜めたり、どっかのお偉いさんから地下水やら貯水池やらを高額で買い取ってるんだろうよ。
だが、そういう所で育った連中は水が使い放題だから、大抵ロクでもない無駄遣いをする奴ばかりだ。人類の危機をよその家のゴタゴタくらいに思ってるのさ」
トワはあきれた様子だ。
「トワは大都会に行ったことがあるの?」
「ああ。今よりもっと豊かな頃にな。今はあの頃より節水してくれてることを願うよ」
彼は苦々しく笑って言った。フォレスはお金持ちがどんな水の使い方をしていたのかをトワに聞いたが、あまりにもえげつないから話したくない、と断られてしまった。
2人が歩みを進めている内に、トワは怪訝な顔で周囲を見渡した。こういう時、トワが音や匂い、気配から周囲の僅かな変化を感じ取っていることを、フォレスは知っている。フォレスは時々、トワのこの五感の鋭さを獣のようだと感じることがある。その野性の勘のようなものに幾度も救われてきた。
「どうしたの?トワ」
「近いな。水の匂いだ」
水に匂いがあっただろうかと、フォレスは小首を傾げた。トワは少し進むとラクダから降りて屈み込み、足元の砂を触った。
「この下かな?」
おもむろに彼は砂の地面を両手で掘り出した。フォレスには、そこは他の砂の地面と変わりなく見えたが、トワを手伝い同じように砂を掘った。
深く穴を掘っていくと、次第に中の砂の色が暗くなっていくのが分かる。1mほど掘っただろうか。砂を掻く手の平が湿り気を帯び始め、穴の奥底からじわりと砂の色をした水が滲み出てきた。
「わあ!これって湧き水!? こんな所から出るの⁉︎」
フォレスは感嘆の声をあげた。
「砂漠には時々、見えない川が通ってるのさ。でも、泥っぽいから軽く、ろ過しないとな」
トワはそう言って、カバンから布きれと細い麻紐、金属製のカップ、ガラス瓶を取り出した。彼は慣れた手つきで瓶の口に布きれを被せて巻きつけ、麻紐で固定した。
その後、カップを持った手を砂の穴に差し入れ、水をすくい上げると、先ほど布きれを被せた瓶の口に、慎重に水を注ぎ始めた。
細くカップから落ちる水柱は茶色く濁っていたが、布きれを介して瓶の中に収まると、透明に近い色になった。水の中の砂は泥になり、布きれに付着した。
「僕の村でも、ろ過をやってたよ。急いでやってたから、たまに砂つぶが残ってるけどね」
フォレスは、懐かしむように言った。
同様の作業を、飲み水入れ用の革袋でも行い、二人はどんどん水を獲得していった。
陽が高くなり、だいぶ暑くなってきた。砂を舐める風も熱いので、どんどん汗が噴き出してくる。
フォレスは滴る汗を袖で拭うと、ラクダのノールとラユールの手綱を引き、砂の穴の中の水を飲ませた。二頭は交互に穴に首を突っ込みながら、器用に飲んだ。
フォレスもその後で、砂が混ざるのをお構いなしで直に穴の中の水を両手ですくって、がぶがぶ飲んだ。
「ははっ。豪快だな」
トワは、飲みながら咽せるフォレスを見て笑った。
(こんなにも死に近い、乾き切った土地で、自分よりも先にラクダに水を飲ませるとは…)
トワは、自分のことしか頭にない大都会の金持ち達は、フォレスの爪の垢を煎じて飲むべきだと思った。
「そんなに慌てるな。ラクダ二頭が飲んでも、まだ湧いて出るんだ。そうすぐに無くなりゃあしないさ」
「そうは言ってもさ、トワ。こんなに運良く水が手に入ることなんて、そうそう無いよ。今の内にたっぷり飲んでおかないと」
袖で口を拭うフォレスをトワは見つめた。
「…人も、トカゲや虫みたいに水を集められたらいいのにな」
「トカゲ?そんなトカゲがいるの?」
すかさずフォレスの知識欲が疼く。トワは思わず笑ってしまった。
「いるよ。モロクトカゲっていってな、見た目は小さい奴だが、凄いんだ。頭の後ろにコブがあって、身体じゅうがトゲトゲしてる。背景に溶け込んで擬態もできるし、もし天敵に見つかってもトゲトゲしてるから食べられにくい。
さらに、このトゲトゲの凄いのは、霧が発生した時だ。
モロクトカゲは、霧になると、その中でじっとしている。そうするだけで、露が自然と身体のトゲトゲに付着するんだ。その身体はまるでスポンジのように露を吸収し、水路のよう水を運び、口へと届ける。
奴らは動かずして、その身体で水を集めることができるんだ」
「凄い…凄いよ、モロクトカゲ!」
トワの説明を聞いたフォレスは、目をキラキラと輝かせた。
「僕、将来モロクトカゲみたいな建物を作りたいな!霧の多い地域に建てたら、きっとたくさん水を集められるよ!」
興奮気味に語るフォレスに気圧され、トワは目を丸くした。こんな独特な発想は、聞いたことがなかったからだ。
「君は本当に面白いことを考えるな、フォレス」
「えへへ、そうかな。でも、建物を作る為には、まず本物のモロクトカゲを見ておかないとね。どんな構造になっているか、知っておかないと」
トワはギョッとした。
「まさか、今からモロクトカゲを探すんじゃないだろうな?」
「そのまさかさ!」
フォレスはニコッと笑って、立ち上がった。
「旅をしながら探すんだよ!霧の出そうな場所へ行ったら、出逢えるかもしれない!」
「そうは言ってもな、フォレス。この広い砂漠で、小ーぃさなモロクトカゲに出逢えるなんてことは、そうそう無いぞ?それより、次行く人里を探さないと」
トワも立ち上がり、ラクダのノールが背負う荷物を整え始めた。フォレスは少々むくれたが、その時、ノールのずっと向こう側、遠くに目を凝らした。
地平線近くに、わずかな雲が見えた。暑さでもやもやと揺らめいているが、雲だ。
「トワ!アレって…」
「アレは蜃気楼だ。砂漠のまやかしだ」
フォレスが聞こうとするところを、トワがきっぱりと遮るように言った。
「雲じゃないの?」
「雲でもないし、霧でもない。
蜃気楼は、時にオアシスや街を、地平線に浮かび上がらせることがある。だが、それは実体じゃない。映像だ。
よくアレに釣られて、多くの旅人達がオアシスを目指すが、どんなに歩いても辿り着くことはできない。その内、疲れ果て、干からびて死ぬだけだ。実際のオアシスは、何百キロも離れた場所にあるからな。
アレは追ってはいけないまやかしだ。
残念だが、霧や雲は、そう都合よく現れるものじゃあないよ」
トワの話を聞き、フォレスはシュンとなった。しかし、気を取り直したのか、フォレスはまた笑顔を見せ、ラユールにまたがった。
「それでも、いいよ。旅をしていれば、いつか、出逢えるかもしれないから」
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