時の幻影
地上のほとんどが砂漠に覆われた世界の物語。
盗賊に襲われた村で出逢ったトワとフォレス。襲い来る盗賊達を倒した二人は共に故郷を目指し旅に出る。
~登場人物~
トワ…砂漠の世界を旅する男。常に黒装束でサングラスを掛けている。
フォレス…盗賊に襲われた村でトワが出逢った少年。
「どんなこと?」
フォレスが聞くと、トワはフッと微笑んだ。
「こうやって旅をするとな、いろんな時代で、いろんな出逢いがある。その中で、出逢って良かった、と思える瞬間もあるんだよ。フォレスに出逢えたことも、幸運だと思っているんだぞ?」
「なんだか照れるなぁ」
頬を赤く染めながら、フォレスが頭を掻いた。
「ねぇ、トワ、5千年って、長い?」
きっとフォレスは、5千年も生きるのはどれほど長く感じられるのだろうか、と聞きたいのだろう。トワは少し考えた。
「うーん……その時々によっては長く感じることもあったが…
いや、実際長く生きてるんだが…なんだかあっという間だった気もするな。不要なことは都合よく忘れるしな。
ただ、若い頃よりは、すぐに1日や1年が終わってしまうように感じる。人は歩いて毎日を進むが、俺は走って毎日を通り過ぎていく感じか。いや、もっと高速かもしれん。
3歳の子供にとって、1年はそれまでの人生の1/3を占めているから、長いよな。これが10歳になると人生の1/10になり、20歳になると1/20、60歳なら1/60、90歳は1/90…
…という具合に必然的に歳を取れば1年が短く感じるようになってくるわけだ」
言われて、フォレスは弾けるように驚いた。
「本当だ、凄い!じゃあ、トワの1年は1/5000だ」
「その通り。だから1日なんて一瞬さ」
「そうかぁ…だったら、僕とこうして一緒に歩いてる時間も、トワにとっては一瞬なんだ…」
フォレスが俯いて言った。
「おいおい、これは例えであって…」
トワが苦笑しつつも慌てて言い掛けた途端、フォレスの白い横顔や羽織ったマント、乗っているラクダのナユールまでもが色褪せ始めた。
それらはみるみる内に、砂漠の砂と同じ色に変わっていく。トワはその異変を凝視した。
全てが一色に染まると、砂で固めて作られたかのようなフォレスの輪郭が崩れ、頭からサラサラと風にさらわれていく。
「フォレス!」
トワが叫ぶと、一瞬で砂は消えた。そこにあるのは、いつもと同じように、トワの横をナユールに跨がり歩いているフォレスの姿だった。
「な、何?どうしたの?」
少し驚いた様子でフォレスが聞いた。トワは強く瞬きをしながら、
「…今……」
と言い掛けたが、やめた。
「…いや、空耳だったようだ。何でもない」
トワはそう言うと、フォレスの緑色の瞳を見つめた。森の木々のように瑞々しいその瞳は、夜空の星の細かい光を宿してキラキラと輝いている。それを見て、トワの表情は和らいだ。
「なぁ、フォレス」
「なぁに」
「時間は生き物だ。常に一定じゃない。感じ方によっても変わる。苦しい時は長く感じ、楽しい時はすぐに過ぎていくように感じる。
眠っていた数時間があっという間だったり、事故の時は全てがスローモーションのように見えたりする」
「ス、スローモー…?」
フォレスには分からない言葉らしい。トワが補足した。
「ゆっくり、って意味だ。とにかく人間の思い込みや集中の仕方によって、時間の流れ…体感時間は変わるってことだ。
俺の場合も、例え5千年生きた中のほんの一瞬だったとしても…大切な出逢いには、とても濃くて深い…記憶がある。思い出がある。それは何物にも代えがたいもんだ。
だから、君との出逢いも一瞬にはならない…」
トワが真摯な眼差しでフォレスを見た。
「そう思ってくれて嬉しいよ。
僕、いつかトワに忘れられちゃうんじゃないかと思って少し怖かったけど、よく考えたら家族やスヒコさんのこととか、トワはよく覚えてるよね。何千年も昔の人なのに。
だから、きっとトワなら大丈夫だ」
「ああ」
蜃気楼の出る昼でもないのに幻を見るなんてな、とトワは心の中で苦笑した。
二人はそのまま夜の砂漠を歩いた。
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