離別の情景
今夜もまた古都を月光が照らす。
何時もより高い酒の酔いを楽しみながら、歩き慣れた都大路を二人、自転車を押して進む。
世が世なら百鬼夜行の刻限。疾うにシャッターを下ろした地下鉄出口を過ぎれば、何時も「また」と交わして別れた交差点。
しかし、此処で別れれば、もう二度と逢うことはないのだろう。
「サヨナラ。元気で。」
そう言い交わし、男は更に「また」と続けた。
「来世でまた。」
女がそう冗談半分に返し、男の頭を撫でるのも何時もの事。
しかし、今夜はそれだけに止まらなかった。
女は更に「ゴメン」と呟いて、男の口唇に己のそれを軽く触れさせた。
秋から春に掛けて、ワセリンの欠かせない、酷く荒れた口唇の感触。
短くて永いその接触を終え、二人は今までになく近い位置で視線を交わした。
「……え、どうして?!」
男は女の奇行にパニックを起こしつつも、一筋の涙の痕に気付く。
「どうしてって……なんとなく、そうしたかったから?
……ごめん。ばいばい。」
女は自転車に跨がると、点滅する信号を突破し、その先の男の知らない曲がり角に消えていった。
赤信号に行く手を阻まれた男は、呆然と女を見送ることしか出来なかった。
ーーーどうか幸せになって。
女の祈りは止まらない涙と共に、古都の闇の中へ消えた。