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懺悔後

 謝らなければならないことは沢山ある。しかし、そのどれもこれもが小さく、取るにたらないことなのである。しかも、それについて謝ろうと思い、相手と向き合ったところで、得られるのは鉄拳だけであるというのだからこいつは滅法リスクの高い行為だ。謝るだけ不毛。相手だって忘れようと努力しているところなのに、その努力を無に帰すかのような行動をとられたらそりゃあ怒って当然だ。だから、謝るタイミングを逸してしまったというのなら、あとはもうこちらも忘れる以外に道はない。

 と思うのはきっと僕があんまりにも品行方正に育てられた所為だと思う。警察官である両親を持てば、悪事には手を染めようとは思わないし、知らず知らずの内に手を染めていたとしても、それは都合よく忘れられる。それに、明確に被害者と加害者を分けて考えてしまう癖もある。だからその中間にいる者は見逃すしかないという考えが育っているのだ。

 つまりは、事なかれ主義最高ってことだ。

 何もなければそれで善し。あっても波風が立たなければ全く結構。

 でも、世の中はそう簡単には出来ていない。小さな罪悪感は溢れているしありふれている。

 皆謝りたがる。被害者の意志を無視してでも謝りたがる。加害者でなくても、関与していたというだけで加害意識が持ち上がって謝りたがる。僕はこれが不思議なこととは思わないし、面倒くさいことだとも思わない。自分勝手であるとは思うけれど、不誠実であるとは思わない。

「酷い目にあったよ」

 赤間くんがぼやく。彼は自分勝手で誠実な人間だった。何でも昔殺したトンボに謝りに郷里に帰ったのだとか。

 最早意味が判らない。真面目なヤツだとは思っていたけれど、もうこれは馬鹿だと言ってしまって差し支えはないのではないか。

「トンボかい? しかし、本当に呪いなんかあるのかねえ。僕がいうのもなんだけれどさ」

「私も懐疑的ではあったんだけど、でも、あれを見ちゃうとなあ」

 聞けばどうやら、大きなトンボに脅かされたらしい。

「それにさ、トンボに会った後も酷かったんだ。道路で犬の糞を踏むし、ガキンチョの掘った落とし穴には嵌るし、Uターンラッシュで死にそうになるし……」

「Uターンラッシュは君の計画性が甘かったから嵌ったんだろう」

 怪現象の後に悪いことが重なれば、それを呪いが原因だとしてしまうのも人間心理的に理解出来なくもないが。

「ま、帰ってきてからは特に何にもないからいいんだけどね」

「平和が一番さ。わざわざ危ないところに近付くことはない」

「相変わらずお前は適当だな」

「いやいや、僕は真面目過ぎるのさ」


 *



 今日はバイトがある。僕は赤間くんと別れ、バイト先へと向かっていた。

 向こうに高等学校を望める橋の上を歩いていると、前方に見覚えのある顔があるのに気付いた。

「おや、三つ編み眼鏡っ娘。奇遇だねえ」

「こんにちは……」

 眼鏡っ娘は伏し目がちに挨拶を返した。

「凄い怪我だねえ。見かけによらず元気なのかな」

 彼女は全身包帯だらけだった。もうなんだかその手の趣味の人間に見せたら現人神として崇められそうな姿だ。

「私がどうなったのか、見てなかったんですか?」

「うん?」

「私、姫崎さんに引き摺られました」

 引き摺られた、か。まるでひきこさんだ。

「あの時はバイトだったからなあ。君が降りた後、直ぐにお暇したよ」

「そうですか」

「三つ編み眼鏡っ娘、君はちゃんと謝れたのかい?」

 どうなのだろう。謝れたから命は取られなかったのか、それとも謝れなかったから引き摺られたのか。

「謝れました。多分」

 謝罪を受け取ってもらえたかは本人も判らないということか。まあ、そんなものだろう。

「そっか。それじゃ、もう心配はないわけだね。もう見えないんだろ?」

「出逢えません」

 そうだった。自分で言ったことだった。けれどあんなのは言葉遊びみたいなものだから、あんまり本気にされても困るんだけどな。

「ふうん。じゃ、まあ元気でやりなよ。お大事に。僕はバイトがあるんでこの辺で」

 僕は彼女の横を通り過ぎる。

「姫野静枝」

 僕の背中に向かって眼鏡っ娘が何かを言ったようだった。

「何だって?」

「私の名前、姫野静枝です。三つ編み眼鏡っ娘なんて、気持ち悪い呼び方しないでください」

 彼女はそれだけ言うと、そのまま歩いて行ってしまった。

 姫野静枝。綺麗な名前だ。

 そういえば、苛めの加害者の名前は姫川静香で、被害者は姫崎静代と言ったか。なるほど、クラス内にお姫様が三人いるのか。それだけお姫様がいれば拗れるのは必然か。何かこう――大奥みたいな感じで。

 そして結局、最後に残ったのは被害者でも加害者でもない、自意識過剰な傍観者だったと。

 面白いなあ。


 *



「ヤバいよ女ノ都くん! 息子に彼女が出来た!」

 店長は僕が店に到着するなりそんなことを言った。

「そうですか。おめでとうございます。僕もあやかりたいですね」

「いやあ、そういうことじゃなくてさ。何だかこういうのって親としては悔しい気持ちになるもんだなあって」

 意味が判らない。自分の息子に恋人が出来たのなら、それは喜ぶべきことだろう。娘に恋人が出来て悔しがるのなら判るが、息子に彼女なら、それは父親としては安心すべきだと思うのだけれど。

「店長の反応は、本来なら奥さんが見せるべき反応なんじゃないですかね。女性の心理はよく判りませんけど、男としては、息子に恋人が出来たのなら諸手を上げて喜ぶべきだと思いますけど」

「ううん。そう言われればそういうものなのかもしれないとは思うけど……うちの息子は大人しい子だったから、何か意外なんだよね」

 そういうものだろうか。僕も家庭を持てば判るのだろうか。

 それにしても今日の店長は何だか変だ。こんなに慌てふためいている店長を、僕は今まで見たことがない。何かあったのだろうか。いや、店長だって人間だ。この前はストレス耐性が強い方だとか言っていたけれど、事に依ってはこうして狼狽えることだってあるのだ。

「ま、親の宿命なんじゃないですか? そういうのも」

「そうだねえ――あ、いらっしゃいませー」

 客が入店してきた。僕もそろそろ準備をしなければ。


 *



 ごめんなさいとは口が裂けても言えない。謝罪は怖い。自分の非は認めるに吝かではないけれど、それでも謝罪が恐ろしい行為であることに変わりはない。

 変わりはないのである。

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