デス・ゲーム? いや、もっと酷い。
ツルハシを振るう。
無心に振るう。
体の軋みを無視しつつ、力のままに岩肌へ、己が全力、叩きつける。
考えてはいけない。
なんでこんな事を? なんてことは、絶対に考えてはいけない。
いけないったら、いけないのだ。
いけないって言ってるのにぃ。
「あー、考えてしまった」
途端に鈍る体。
重い・鈍い・しんどい。
ツルハシが上がらなくなる。
流石は、意思がアバターの身体能力に直結する、観念世界だ。
だったら、介在しない体の苦痛や疲労は、無くしてくれりゃいいのに、なんで無駄にクリアというか、ダイレクトに感じるんだろうか。
やってられない。
「……ああ」
座り込んでしまった。
暫くは動けないだろう。
アイテムボックスから、水を取り出して含む。
体に染み込むような、ぬるい水のお陰で、少しは生気が戻ってくる。
ここは観念世界「スフィア」、夢と希望、ついでに現実世界の力関係まで、一杯に詰まっている世界だ。
2012年、世界は前世紀に騒がれていた資源枯渇等が、一体何だったのだろうと言う位に、呑気に時を重ねていた。
これは1999年の7の月、恐怖の大王や世界の終末の代わりに空から降って来た『とある品物』の、お陰だと言う事が、今では当たり前に認知されている。
その名は『スフィア』
ただの破壊不能・成分不明な金属製の真球。
発見当時は、宇宙人のオーパーツ等と騒がれていたが、全くといっていい程に進まない研究に、その存在は世紀末ブームの鎮火と共に忘れ去られていた。
それが再び日の目を見たのは、細々と行われていたデータ採取のPCで、研究員が思考体験型のMMORPGタイトルを立ち上げた際に、起こった出来事が切欠だった。
それは、その研究員が飲み込まれて過ごした数十年の体験、現実時間で数秒の出来事。
「デスゲームかと思った。 帰って来れて良かった」
そう泣き叫ぶ研究員と、その周囲に散乱していた謎の衣服や生活道具、そして何処の物とも不明な貨幣。
在り得ざる事に、その研究員は、それらをゲームの中で持っていた、アイテムインベントリの中の品物だと言い放った。
そして、更なる驚愕の事実が、研究員が書き写した「ヘルプに書いてあった内容」という、文書から判明した。
それは『スフィア』が、謎の『誰か』の作った『玩具』だということ。
その中身は、体験型MMORPGと言ったような物であること。
ジャンルは何故か中世ファンタジーだったこと(これは後に複数のタイトルがあることが判明した)
そして、一番の驚愕の事実。
それは宇宙のエントロピーの、極々一部(ゼロコンマ、ゼロが凄まじい勢いで並んだ後の数秒分)を喰う事で、中で得た物を、現実世界に持ち出す事が出来るということ。
これらの事実の判明により、新たに勧められた研究から数年後。
世界は『大冒険時代』へと突入した。
そして俺は今、鉱山でツルハシを振るっている。
なんでそんな、アナクロな事をしているのかというと……バイトだ。
ゲーム世界『スフィア』へ、現実から持ち込める品物というのは、ごくごく限られている(おおよそ、テキストデータくらいだ)
そして、ゲーム開始時のアバターというものは、大して力を持たない平民でしか無い(そして、死に戻りしか無い為、途中ログアウトで、強い状態を保存などというものもない)
無論、この最底辺から成り上がりをして、大金を得るのが醍醐味ではあるのだが。
そういう事が出来るのは、トッププレイヤーと言われる極一部でしか無い。
普通は戦争や狩りで、金を稼ごうとするのは怖いものだ。
たとえそれがゲームだと判っていても、痛みや恐怖が洒落にならないのが『スフィア』なのだから。
では俺のような際立った特技もない、現実世界で立場の弱い、貧乏な学生が金を得るには如何すればいいか?
現実世界での金持ちに付き合って、『スフィア』内での世話をするのである。
俺の雇い主は、某芸術家の先生だ。
老い先短い老境に入り、只管に創作活動に打ち込みたくなったとの事で、若い体で数十年は働く事ができ、しかも作った品物を自分の名を知らない者達(内部NPCとはいえ)に評価して貰え、更に現実に作品を持ち出せるという『スフィア』は、打って付けだった訳だ。
そこで世話役の募集があり、俺が当確した。
いやねえ、半分冗談だったんだけどさ、運が良かったんだか悪かったんだか。
さて、なんとか住処を整え、生活を安定させて三年。
創作活動にのめり込みつつも、金を稼ぐ為に生活用の刃物なんかも打ったりしながら、鍛冶屋ライフをイキイキエンジョイしてる先生さんの為に、俺は鉱山でツルハシを振るっている訳だ。
当初は上から目線で、いけ好かない爺さんだったのだが。
まさかリアルで「包丁なんぞという下世話な物を、どうして儂が打たねばならんのだ?」とかな、某美食家みたいな台詞を聞くとは思わなかった。
それが今では、近所の奥様から羨望の眼差しを向けられる品を打つ程の、カリスマ包丁鍛冶である。
「って、あれ?」
ツルハシの手応えが……ガラガラと崩れる岩肌。
なんか、向こうには石積みの通路……。
「ケキャ?」
なんか、緑肌の薄汚いのと、犬顔の可愛くないのが、こっち見てる。
おいおい。
「め、迷宮にぶち当たった―!!」
「ケキャア!?」
お互いにアタフタしつつ、先に復帰したのは俺。
全力で、後ろにダッシュ。
坑内の連中に、大声で叫ぶ。
「迷宮に当たった―!! 逃げろー!!」
暫くして、兵士を連れた役人が来て、鉱山の入り口を封鎖した。
迷宮の通路は、暫くすると謎効果で再生するので、二・三日の間封印しつつ、俺のぶち抜いた所を再び掘り当てないよう、立入禁止とする。
あとは、迷宮が未発見の場合に、ちょっとした報奨金が出るくらいか。
まあ、怪我人が出なくて良かったな。
それからの数十年は、特に大事も無く……鍛冶の知識や鍋の修理、一寸した芸術への見方が、変わったりはしたけど、平穏無事に大往生した。
そしてログアウト。
「やあ君。 今回は世話になったな」
「いえ、此方こそ」
先生との付き合いは、体感時間で四十二年に渡った。
概ね仲良くというか、師匠と弟子みたいな付き合いになったりはしたが、リアルの事を引きずったりして、微妙なスタンスの付き合いになるよりは良かったと思う。
報酬も気持ち良く払って貰えたし、気が向いたら遊びにおいでとも言われた。
因みに、この先生。
デカイ作品を作って持ち出す予定だったのだが、何やら心境の変化があったのか、一抱えほどの小品を幾つかと、愛用の鍛冶道具、気に入った包丁を一揃い、ゲーム世界から持ちだしてきた。
そして、俺が持ち出して来た、俺の打った包丁の一揃いと交換して別れた。
その後、この先生。
現実世界での創作活動の傍ら『スフィア』にも何度も渡り、にしての新境地と謳われる作品群を残す事になる。
年取ってからの『スフィア』は、感覚のズレが厳しいはずなのだが、元気なことだ。
と思ったら、俺も何度か呼ばれて、作品の手伝いやら、やってるうちに……なぜか刀とか打つようになり、槍とか打つようになり、ゴブリン討ったり、コボルト討ったり……おおい、試し切りになってる。
ま、割と悪くない人生を送っているのだ。