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あるサラリーマンの人生にある背景

作者: 群龍猛

人にはいろんな背景があり、通勤するサラリーマンには、何かを背をってる人が多い。

そんなサラリーマンの人生の背景を書いてみたくなり、過去を回想するかのようなものになっています。

 ウェアハウス系の中小企業に長く関わっているとキーボードを叩く音が、そのまま周囲に同化してしまい無音の空間に居るような錯覚になる。


 これは、人間が本来持ち合わせる環境に自己を慣れさせる為の本能に由来する能力ではあるだろうが、何かの拍子にそのキーボードのプラッチック製品同士が叩かれるあの独特の篭った打音が妙に耳障りになる事もある。


 彼の場合、その様な他愛もないことに神経が参ってしまうのは、今携わっている仕事にウンザリし始めているときで、完全に集中力がダウンしている場合だった。


とは言え、目の前にある業務をこなすのは、社会人としての責務であるからそんな些細な事に頭を何時までも悩ませる事ではない。


 この会社に中途採用で入り、既に八年目になる。


 正直、年齢がこの業界ではかなり経って入った事により、社内の風当たりも待遇も酷い物だった。でも、それなりに続けられているのは、作り上げる楽しみがあるからでそこに携われる事と、安月給ではあるがそこそこは家族を養える程のものを頂けるからでもあった。それと、彼には、親より受け継いだ遺産で中古ではあるが賃貸ではない持ち家に住んでいる事も大きかった。


 彼の月給は、残業なしだった場合、諸々の社会保障費を引かれて、23万前後の手取りしかない。こうなると、もし賃貸物件に家族でマンション一室を借り居住する場合、そこから6〜7万は飛んでいく。その残りで、車のローンやら今後の子供達の学費、自分に掛けられた保険などを差っぴくと、それは恐ろしいほどの残額しか残らない。それで、日々の生活をするとなると多少、仕事の内容は我慢してでも手取りが良さそうな職場に転職するしかない事になっていただろう。


だが、家賃支払がないと言うアドバンテージは彼と家族には、かなり恵まれた環境であった。彼の父親が残してくれた遺産に感謝するばかりだ。


 しかし、それでも彼は、感謝はすれど胸に秘めた感情では両親に対して、根深い嫌悪感を持っていた。


 それは、一重に少年期から青年期にかけて家庭が貧しく、家庭環境が荒れていた点が大きい。その貧しさの理由が、父親の収入が悪いとか素行が悪かったなどであれば、納得も行く面もあったかもしれない。だが、彼の現実は少し違うものだった。


貧しさと生活の荒れようの最大の理由は、母親の無軌道なまでの身勝手さから来る借金の積み重ねからきていた。その事で、毎晩の様に家庭は、父親と母親の喧嘩で荒れに荒れたものだった。クレジット請求の電話が日に何度も掛かり、それに母親は出なかった。返す当てなどなかったからだ。パートのような仕事もしていたが、長続きは殆どしなかった。必ず、パート先で揉め、辞めるのだ。その度に不明瞭な借金をこさえる事を繰り返していた。


 その生活は、彼が小学生高学年頃には特に酷くなり、まさに借金地獄の様相を呈していた。子供ながら当時、その環境に居た彼は生きた心地がしなかった。


 今思えばだが彼の母親は、中学から高校に上がるころには完全におかしくなっていた。何かあれば、パート先で知り合った人と長電話をしては、家でダラダラと過ごす。家事はしない。食事も作らない。タバコは、異様なまでも吸い辞める気配もない。しまいには、ビールを買ってきては昼間から飲み始めていた。精神的なバランスが失われていたのだろう。常に頭痛を訴えて、時には頭を剃ってしまう等の奇行を繰り返すようにもなっていた。


 そんな問題だらけの母親も実は、今現在、生きているのか死んでいるのかすら分らない。


 十九年前にパート先の男と知り合ってからろくに仕事もせず遊びまわり、しまいには家を飛び出し、父親と離婚したのである。


彼が二十二歳前後の頃だった。


 父親からその話を聞いて、離婚には即座に彼は賛成した。母親の狂気じみた行動に、そのうち父親が飲み込まれ——すでに飲み込まれていたわけだが——今度は、自分にまでその皺寄せが来るのが目に見えるくらい分っていたからだ。


父親の名で借金を繰り返し、次に成人した子供の名で借金することも母親が本来持ちうる母性本能からくる罪悪感をヒョイと飛び越えて自前勝手な論理でやりかねない。そんな人だったからだ。


 彼の父親は、そんな母親に怒りをぶちまけてはいたが、肝心要の部分では完全に手を引く事は出来なかった。その関係は、夫婦でしか分らない思いがあったのだろうが、結果として身勝手な母親はその自分勝手な理論で家を飛び出したのである。


 離婚が意外に、スムーズに成立した事は嬉しかった。


 その後、彼の父親は時を経ずして、持病になっていた糖尿病の悪化で亡くなった。


 そして、起こってきたのが面倒な程の父親方の親族の遺恨に彼は悩まされることになる。



 父親は、福岡の田舎も田舎の出身でそれは貧しい柿農家の長男として生を受けた。


 父親は地元では成績がよく、貧しくなかったならば、大学くらいは楽に進学できる秀才だったようだった。が、いかんせん戦後でも10年経ったか経たないかの時代であったこともあり、貧しい柿農家から大学進学の費用などだせるわけもなく、就職とあいなるがここで彼の父親の運のなさ出てくる。


彼の父親は、胸部に凹みがある特有の身体的障害を持って生まれてきた。これが就職で致命的にまで不利に働いた。


いまでこそ身体的障害は、よほどでない限り言われる時代ではないが、当時はそれが大きな障害だった。大手企業の面談で全て蹴られていた。


 高度成長期に差し掛かる時代だったこともあり比較的就職は楽な面もあった時期だ。彼の父親より、成績の悪かった生徒は次々に大手企業に就職が決まっていった。取り残された彼の父親は、結局、企業には勤めることは出来ずに、職人としての道を選択せざる得なかった。その敗北感は、彼は父親から一度だけ聞いた事があった。そこには言葉だけではない挫折感があったはずである。


彼の父親は、間違いなく才覚はあった。しかし、大学に進学する事も叶わず、もう1つの希望でもある企業への就職も絶たれた時に彼の 父親の心中は、さぞ世の中を憎んだはずである。


 ただ、彼は、よく思うことがある。


 父親はそこでよく腐らずにいたものだと。


 そこまで理不尽な状況ならば、道を外していてもおかしくはなかったのではなかろうか?


 結局、父親はそうはならなかった。


 実際の所は、小心者だったゆえにそうならなかったのかもしれないが、よからぬ方向に向かわなかった。その後、彼の父親は、寿司職人になっていくわけだが、そう言う境遇だったから、性根の腐った母親に共通のものを感じて結婚したのかもしれない。


彼の父親の父親——彼の祖父になる——が聡明であったなら、自分の子の才覚を見抜き何とかして大学に行かせていたかもしれない。そうだったなら確実に父親の人生は変わっていただろう。もし、身体的問題で就職が蹴られる事がなかったなら、その時もまた違った良い 人生だったに違いない。が、全てが悪く悪く彼の父親には働いた。


 そして、あの身勝手な本性を隠し持った母親と出会わなかったら。。彼の父親は、そう考え続けていたに違いない。


 彼の父親は、中途半端な学を修めていたが為に、どうしても自分の境遇が許せなかったのだろう。まじめに仕事に向かうが、どこか屈折したものを大きく心の内側に宿してしまったのか、どこか人を信用しない皮肉屋っぽい面を常に出す言動が多かった。


 田舎ものであっても、才覚を多くの人に望まれながらも、どうしても周囲の境遇が惨めな人間にさせていると自分に思わずにいられないほど不遇だった。それが、事あるごとに周囲に父親の言葉の端々で漏れていた。


 父親の兄弟は、妹二人と弟一人がおり、父を含め四人兄弟であった。


 正直、彼の目から見ても三人の才覚は、父親に劣る。


 どうしても田舎ものの気質から抜け出れないのだ。特に、彼の父親に頭が上がらなかった妹二人は、父親がいない時は何もこちらの家庭に介入してこなかったが、亡くなってすぐに何かと介入し始めた。


 初めは、身寄りのない甥っ子に手助けをしてやろうとの優しさからやっているかと思われたが、そうではないことがようやく父親の喪が明ける頃から見えてきた。


 都会の人間が田舎に行くと住人の素朴さや親切さを強調するテレビ番組などがあるが、実情はかなり違うものである。田舎というのは、都会と違ってやはり栄えていないのだ。そうなるとどうしても収入を得る手段が少ない。ゆえに、必然的に生活は苦しくなる。


昔の父親の時代に比べると福祉などが整備され、地方行政も完備され、そこそこの仕事は出来るようになっているので、全く食えなくなるほどの貧しさからは縁遠くなっている。が、仕事が少ないのは確かなことなのだ。


 収入がその場で得難いという事は、仕事探しに苦労することであり、仕事が多い都会に憧れも強い。そして、余計に金銭面で意地汚いと言っていいほどの執着心が強い。それこそ面と向かってこそ出さないが、やはり田舎者は、どうしてもお金に苦労している分、お金の誘惑に負け安い。


 それは例外なく彼の亡くなった父親の田舎者育ちの姉妹も同じで、彼の父親の遺産に対して、何かと遠まわしに掠め獲ろうと画策するし始めるのだ。父親が居れば、決して口に出さない事で、何かとお金を出させようとする。その下心に嫌気が出てきた事で、彼は父方の親戚と完全に距離を置くようになっていた。人間の金銭を目の前にすると意地汚くなっていく様を見たくないし、それで揉めたくはなかったからだった。


 祖父は、父親が亡くなってもまだその時は、健在だったが、最近、天寿を全うして亡くなった。その際も、彼は葬儀には出席しなかった。その後の法事にも一切参加しなかった。金銭の要求が必ず話題に出る事は、分りきっているからだ。


 今では、彼は完全に父方の親戚とは縁を切った形になている。


あなたの人生って、どうですか?

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― 新着の感想 ―
[一言] ツイッターでフォローしていただいている「小説カフェやすらぎ」のミユーです。興味深く読ませていただきました。お母さんのほうに、女性だからか、関心がいきました。こういった方は性格というより精神的…
2012/12/29 17:20 退会済み
管理
[良い点] なかなかおもしろかったです。正統的な小説といった感じでした。夏目漱石の坊っちゃんを読んだ時、ああおもしろいなと思ったのですが、なにかそんな感じのおもしろさでした。 文章も、その構成もすご…
2012/11/02 13:06 退会済み
管理
[良い点] 人生というものがよく出ていると思います。 >ウェアハウス系の中小企業に長く関わっているとキーボードを叩く音が、そのまま周囲に同化してしまい無音の空間に居るような錯覚になる。 しょっぱな…
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