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整形美人<9>

「その顔は何?」

部屋へ戻った女は、いつも通りに床へと座り込む男たちに習った神楽くんを前に、女がずばりと切り出した。

びくりと神楽くんの肩が震えるのを、松平が抑える。

こういう高圧的な物言いをする女を姉にはしたくないもんだ。タダでさえ姉と云う存在には、弟は強くは出れない。

「都合が悪いとだんまりね」

「そう上から見下ろされちゃ、云いたいことも云えないだろう?」

口を挟むつもりは無かったが、あまりな言い草に、つい口の方が勝手に動いていた。

女がギロリとこちらを睨む。俺と松平は軽く女の視線を受け流した。こういう事態になれているわけでも、女の扱いが上手いわけでもないが、それなりに経験はある。

俺は腰を浮かして、松平の横に正座した神楽くんの横に移動した。完全に一対三になった陣容に、女が鼻じろむ。

ソファにイラだったように身体を投げ出し、タバコを口にした。

「で、今日は何の用件でこちらに?」

「貴方には関係の無いことでしょう?」

タバコをふかしていた女は、俺を睨みつけたが、それはこっちの台詞だと思う。

「関係の無い話なら、余所でやってくれ。ここは借金を抱えちゃいるが、紛れも無く俺の家だ」

女は一瞬、きょとんとなったが、すぐに居住まいを正した。

「失礼いたしました。私は山神皇姫。ここにいる神楽の姉でございます」

そう名乗られてしまうと、俺たちが自分のことを云わないのは、何かアンフェアな気持ちになってくるから不思議だ。

俺よりも単純な松平などは余計にそうだったらしい。

「松平、幹夫だ。近くの大学で助教授をやっている」

姓を云う時にためらうのは、もう松平の癖のようなものだ。殿と呼ばれるも、本当は好きではないことも関係しているのかもしれない。

「真田青海。松平の同僚だ」

俺の名前はセイカイと書いて、アオミと読む。俺の父親は真田十勇士が好きで、こんな名をつけたらしい。清海とか信繁でなかっただけ由としよう。

もっとも、この姉弟の名に比べれば、平凡な名ではあった。

カグラとコウキなんて、今時ちょっとお目にかかれない名だ。

長い黒髪の彼女が、背筋をぴんと伸ばした姿は、まるで日本人形のようである。あの口元に浮かんだ不気味な笑みはそのままなのが、余計に作り物めいた印象を与えた。

「神楽は、家を無断で出てきています。様子を見に立ち寄るにも、ある程度の情報がほしくて、周囲に話を伺いました」

無断でといっても、いい大人だ。覚悟の失踪というところか。しかも、顔まで変えて。

「別に無断で出てきたわけじゃない」

黙ったままだった神楽くんが、ようやく口を開いた。

「ちゃんとオヤジには話したし、手紙だって置いてきた」

「あんな一方的な手紙で納得しろって云うの?」

反論の間も与えずに、皇姫が切り返す。キツイ女だ。再び、神楽くんが黙り込んでしまう。

「すまんが、どうして家を出たのか、話してくれないか? 俺の家で、家主が蚊帳の外じゃ面白くないんだが」

女を制するように睨みつけ、俺は立ち上がってビールを取りにいった。神楽くんと松平の手土産だ。

冷えたビールを神楽くんの前に置く。

「悪いな、真田」

かちかちになっている神楽くんに代わって、松平が頭を下げた。勧めるように、神楽くんの手に握らせると、神楽くんは一気にそれを煽る。

「ぷはー」

息を吐きだした神楽くんの肩を、松平がぽんと叩いた。それに安心したのか、神楽くんは淀みながらも、事情を説明しはじめてくれる。

ナンだ? こいつら、結構上手くいってんじゃないの?

話の内容を要約すると、こうだ。



神楽くんの家は、山神と云う名の示すとおり、山村の巫女の家系だ。

代々続く、その辺りの地主でもあり、田舎の大きなお屋敷で何不自由なく育ったらしい。

巫女の奉納神楽を舞うのは女で、家の実権は女性が握っている。だが、子孫を残すのは、男性なのだそうだ。

まぁ、当たり前だよな。巫女って云うのは、神様への捧げモノで、奉納の舞はそれの証な訳だ。旦那がいるなんてとんでもない。

一方で、代々の山神の男どもは種をまくだけのやっかいもの扱いされていた。

そんな中で育ってきた神楽くんに、男としての逞しさなど育ちようが無い。父親と共に、屋敷の片隅でひっそりと暮らすのが精々。

実情を知っている村の連中も、ひそひそと陰口をたたき、もちろん子は親の鏡だから、口ごたえしない神楽くんは、近所の子供たちの間では、絶好のイジメのターゲットだっただろう。

しかも、神楽くん曰くののっぺりとした色白の顔は、余計に暗さを目立たせ、神楽くんは、友人もいない孤独な少年時代を送っていた。

神楽くんが、逞しく明るくみんなを引っ張っていくような少年たちに憧れを持ったのは、当然の流れだ。

だが、物陰からじっと見つめる神楽くんの憧れの視線は、イジメを通常的に行ってきた少年たちにとっては、自分たちを責めているようにしか思えなかった。

イジメは加速して、それでも自分たちを見ることをやめない神楽くんに、レッテルが貼られたのは、自分たちの罪悪感を誤魔化す為だろう。

「ホモだっていわれたんです。見るな、キモイって」

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