整形美人<8>
「一体何処から、そういう結論が導き出されるのか、答えてほしいんだが?」
どいつもこいつも。俺にはその趣味はまったくないっつーんだよ。
「あら、違うのね。あの子の好みのタイプだと思ったんだけど」
「残念だが、俺にはその手の趣味は無い」
「そう」
ならば用は無いとばかりに、女は会話を切って立ち上がった。
ばさりとバスタオルを落とし、下着を着け始める。
いい女だが、これ以上係わり合いにはなりたくないタイプだ。引きとめもせず、缶ビールを煽る。
「神楽とはどういう関係なの?」
「単なる、コンビニの店員と客だ」
「ふーん」
明らかに嘘と判る言葉だが、事実はそうでしかない。
「大学のそばのコンビニだからな。朝晩は必ず寄るが」
「ホントに、それだけなのね」
ふっと息を吐いた女が、するりとバッグからタバコを取り出す。当たり前の仕草が、妙に優美な感じがした。
「まぁ、あんな陰気臭い子じゃ当たり前か」
神楽くんに対する表現としては、いささか不当なそれを、俺は聞き流す。もしかすると、それが神楽くんの『整形』の原因かもしれない。
「貴方みたいなタイプ。あの子は大好きなのよ。ちょっと気持ち悪いかもしれないけど、よろしくね」
そう云った女の顔に、意地の悪い表情が浮かぶのを、俺は見逃さなかった。よろしく、などと云いながら、それを望んでなどいないことが丸判りだ。
嫌な女だぜ。
「アンタにそう云われる覚えは無いな。神楽くん本人にならともかく」
ムカついてそう言い返していた。女の眉がピクリと上がる。
しまったと思ったが、口から出た言葉は戻しようが無い。
「大体、アンタ、神楽くんの何なんだ?」
こうなったら、情報だけでも引き出しとくべきだ。口では女に負けるのが判っているが、それでも言い返さずにいられないのは何故だろう。
「私は、あの子の姉よ。弟の交友関係くらいは口を出す権利はあるわ」
「どうみても神楽くんは、口出ししなきゃいけないガキには見えないけどな」
二十代の半ばになって、恋愛関係にまで口を出されるなんて、ごめんだ。しかも、こんな底意地の悪そうな女じゃ、何を云われるか判ったもんじゃ無い。
「やっぱり、貴方、あの子と付き合ってるんじゃないの?」
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるように云って立ち上がると、冷蔵庫からビールを取り出して煽った。
これ以上の会話を続ける気は無い。
女が怒りの表情を浮かべて、キッチンへと踏み出そうとしたとき、呼び鈴が鳴った。
「悪いな、客だ」
さっと玄関へと向かうと、女もムッとした表情は隠さないまま、俺の後を付いてきた。
「悪い、邪魔したか?」
玄関を開くと、松平と神楽くんが立っている。
最悪のタイミングだ。
「いや、この人はもう帰るところだよ」
女はツンと澄ましたまま、ヒールを履いた。明らかに神楽くんの顔は見たはずだが、まったく無視したままだ。
一方の神楽くんの表情が引きつっているのを、俺は見逃さなかった。だが、神楽くんも声を掛けようとはしない。
ヒールの音も高らかに立ち去る女が、神楽くんの前を通り過ぎる。見送っていた松平が、口を開いた。
その瞬間の俺と神楽くんの連係プレーは、とっさには有り得ない程の息の合ったものだ。
羽交い絞めにした松平の口を神楽くんが塞ぐ。
だが、それはすでに遅かった。
「神楽くんの親戚か何か…ッ、」
女が振り返ると、明らかに奇妙な体勢の男三人。しかも、松平の声はしっかりと聞こえたらしい。
「神楽?」
女は呆然と、神楽くんの顔を見つめていた。
おそるべし、松平。俺が寝るまで気付かなかった相似を、一瞬で見抜いたとは恐れ入る。
骨格フェチは伊達ではない。
「お話、聞かせていただけるわね?」
念を押すように、俺に問い掛けた女に、天を仰いだ。