整形美人<7>
松平と別れた俺は、ビールとつまみを買いに、コンビニへと寄る。
家に帰っても何も無いし、不精な俺は、当然ながら自炊などしない。
「神楽なら、休みですよ」
耳に入った言葉に、思わず聞き耳を立てた。
店員は、バイトの大学生だ。うちの学部の生徒だったので、俺も顔見知りである。
手早く買い物を済ませ、レジの前に立つ。
「どうしたんだ?」
「真田助教授」
じろりと目線を流すと、神楽くんのことを聞いていたらしい女が、居心地が悪そうに目線を逸らす。
俺のでっかいガタイを目にしたら、大抵はそういう態度を取るだろう。
「従業員のことなんか、客に話しちゃ駄目だろ?」
「あ。そうですね」
まったく、今の若い連中は考え無しだ。俺に云われてはじめて気が付いたという風情だ。
レジを済ませて、出て行き様に女をもう一度睨みつける。
今度は、女はキッと目を上げて、俺を見返した。
気の強そうな良い女だ。三十の坂はとっくに越しただろうに、スタイルも申し分ない。年増の色気がある。
まぁ、俺には縁の無い女だ。
面倒ごとは避けたい。女が神楽くんに関わりがあるようなら、一応釘だけは刺したところで、さっさと立ち去ってしまうに限る。
家の門を潜って、ノブに手を掛けた瞬間、だが、その俺の気遣いを無にするような声が掛かった。
「真田、助教授。でよろしいのかしら?」
「ええ」
女の甘い声は媚を含んでいる。だが、視線は探るようなものだ。
「山神神楽のことをご存知ですよね?」
「やまがみ、かぐら? さて、俺の教え子の中にはいなかったと記憶をしているんだが」
空っとぼけてみせるが、無理だろう。
案の丈、女は色っぽい仕草ですっと身体を寄せると、耳元に囁いた。
「あら、ご存知だからこそ、あのコンビニで店員に注意されたんでしょう?」
「まいったね。何が聞きたいんだ?」
俺は肩を竦めて女の目を見返す。
「山神神楽のことを、ホンの少しだけしゃべってくだされば宜しいのよ」
「さて、タダじゃ嫌だな」
あでやかに微笑んだ女が胸を押し付けてきた。
まぁ、あんな色仕掛けをしてきた時点で、そういうつもりがあるだろうと踏んではいたが。
「女房と別れて、一人暮らしだ。お構いも出来ないが」
念押しするように云った俺に、女は悪巧みをする顔で笑いかける。
「じゃあ、私がおもてなししてあげるわ」
「そりゃ、いいな」
俺は、ドアを開いて、女を家の中へと招きいれた。
コトの終わったベッドで、タバコへと手を伸ばした俺に、女が薄い笑みを浮かべる。
せせら笑うようなそれは、何処かで見たことがある。
何処でだろうか、と思いだしたとき、女が身体を起こした。
「シャワーを借りてもいいかしら?」
「ああ、居間の左手にある」
平静を装って、女を送り出す。あんな薄ら寒い笑みを浮かべる女など、ベッドの相手が終わればさっさとお断りだ。
「整形か、なるほどな」
顔立ちに似たところは無い。だが、浮かべる表情は似ていた。
「親兄弟か、それとも親戚か」
とりあえず、松平のことは伏せておくのがいいだろう。
男と恋愛など、どんなリベラルな家族でも、自分の息子となれば話は別だ。
俺はジャージだけ身につけて、冷蔵庫を漁る。
さっき買ってきたビールは、いい具合にキンキンに冷えていた。
リップルを開けて、一気に飲み干す。
「ぷはーっ」
汗をかいた後の冷えたビールはたまらない。
「美味しそうね。私にもいただけるかしら?」
「残念だな。お客様をお迎えするつもりじゃなかったんでな」
女は明らかにむっとした表情を浮かべたが、もう一本の缶ビールとつまみを手にして、居間のテーブルの前にどっかりと座り込んだ俺の前のソファへと腰を下ろした。
バスタオルだけを身体に巻きつけた姿は、扇情的ではあるが、あの表情を見た後では、バスタオルからのぞく組まれたすらりとした足も、げんなりとするものでしか無い。
「女房に出て行かれて、結構経つんでな。お構いは出来ないって云った筈だぜ」
「コトが終わったら、用は無いというわけね。はっきりした男だこと」
別に俺から誘った訳じゃない。据え膳はいただく主義だ。もちろん、毒が入っていそうな場合はご遠慮するがな。今日なんぞは、食ってから毒入りだった事に気付いた最悪のパターンだ。
「まぁ、いいわ。聞きたいことだけ聞かせていただければ」
俺は心の中で身構える。
「山神神楽のことよ」
「神楽くんのこと、ね」
「神楽と、付き合ってるの?」
俺は、本日二度目の思考停止を余儀なくされた。






