整形美人2<4>
「とっとと、失せろ。俺の半径二メートル以内に近寄るなって云っただろ?」
唖然とした顔をした松平の表情が、ぱっと明るいものに変る。
さっと身を翻して立ち去る松平の背中を追って、俺もこみ上げる笑いを抑えきれなかった。
「お前はマゾか?」
俺に蹴倒された癖に、松平は本当に嬉しそうに笑っていた。
弱っている俺につけこむことは簡単だった筈だ。だが、俺がいつものペースを取り戻すまで待ってる。
「馬鹿だろう。お前」
それも松平らしい。
俺は久しぶりに穏やかな気分で眠りについた。
翌朝、俺と松平は揃って登校した。
しっかりと距離は取ってはいたが、俺が逃げ回り、それを松平が追いかけるという図では無い。
「おや、揃って御登校とは久々じゃん」
見掛けた向坂が口笛を鳴らした。そんなに感心するようなことか。
「殿は姫君を落としたのかな?」
好奇心丸出しで訊ねてくる向坂に、松平が目を丸くしている。当たり前だが、松平にはその喩えが判らなかったらしい。
そりゃそうだ。松平は学生の頃から、俺の骨格がお気に入りだったらしいから、俺を好きだと思っても、俺を姫扱いする気はないだろう。
「ふーん、その顔だと違うんだ? で、何で一緒なんだ? 真田は諦めたのか?」
遠まわしな喩えは無駄だと悟ったらしい向坂は、今度はストレートに聞いてくる。
「別に、今まで通りだぜ」
俺がしれっと何も無いと答えるのに、向坂は降参と手を上げた。
「今まで通り、か?」
俺の答えに引っかかりを感じたのは、立ち去った向坂よりも隣の松平だ。
「今まで通りだろう? 俺の隣にはお前」
俺はもう闇雲に逃げたりしないし、そうすればお前も追う必要は無い。
その距離をどう取るかは、お互い次第。
「成程。確かに今まで通りだ」
「だろう?」
俺が歩き出すと、松平が何か思いついたように声を上げた。
「ひとつ、違うな」
「何が?」
振り返った俺の目線の先には、中性的な美貌に全開の笑顔の松平。
「お前の背中を見る癖が付いた」
「背中?」
「ここのところ、ずっとお前の背中を追いかけていただろう。脊柱のラインがきちんと伸びてて、すごく綺麗なんだ」
うっとりと空を見つめた松平の台詞に、俺は軽い頭痛を覚えて、思わず額を押さえた。
「変態が…」
吐き捨てるように口に出してみて、最初に松平に蹴りを食らわせそうになった神楽くんの気分が良く判る。
骨格に惚れられるというのは妙な気分だ。
だが、それこそが松平。これだけの好条件の揃ったいい男が結婚できないのは、やはり、それを補って余りある欠点があるからに違いないという訳だ。
俺は納得して歩き出した。
松平はその後ろを歩いてくる。その距離は二メートル。
今の俺たちの距離。
だが、それも何時かは詰められるだろう予感。
隣に並んで歩く頃、俺たちの関係はどうなっているのだろうか。
「仕方ないな」
呟いた声は、松平には聞こえない。
突き放せなかった俺はとっくに負けている。
責任を取ってもらうなんざ、真っ平ご免。
だが、松平の変人ぶりに付き合える女なんかいやしない。
仕方ないから、俺が付き合ってやろう。
骨格フェチの変人助教授は、今日も俺の骨格を愛でるように眺めてご機嫌だ。
<おわり>