整形美人<2>
「お弁当、温めますか?」
綺麗な男の子だ。だが結構、年はいってるかもしれない。
日本語も妙な略し方が無くて、綺麗なじゃべり方だった。
「ああ、頼む」
それとなく、男の子を観察する。まぁ、俺たち三十台の男から見れば、男の子という感じだが、実際は充分に大人の男だろう。
だが、年下のバイトに交じって働く姿には、何処となくものなれない風に見受けられた。
「ホラ、神楽くん、昨日の」
女の子が囁くように云うのと同時に、当の神楽くんの眉がぴくりとあがる。
振り向くまでもない。そこに立っていたのは、松平だった。
「神楽くん。あの」
「百七十五円です」
話し掛けようとする松平を遮って、神楽くんはカウンターに置かれたコーヒーの値段を云う。渋々と松平が二百円を払った。
「二十五円のお返しです。お待ちの、」
「タバコ、え~とマルボロ」
『お待ちのお客様』と続けようとした神楽くんの言葉を遮って、松平がタバコを買う。
「赤のボックスで?」
「ああ、それ」
「三百円です」
「切手が…」
尚も続けようとした松平の首根っこを捕まえ、俺はカウンターに放置されていたタバコを掴んで、引きずり出した。
「邪魔して悪いな」
がっちりとした体格の俺には、細身の松平をコンビニから引きずり出すくらいは、朝飯前だ。
店の前で解放すると、首が絞まったのか、ゴホゴホと咳き込んでいる。
「お前、何するんだよ」
「それは俺の台詞だっつーんだよ。お前、神楽くんに何云うつもりだった?」
「何、って、まずは謝罪をしてだな」
「それから?」
「もちろん、交際を申し込むに決まってるだろう。あの理想の骨格だぞ?」
やっぱりな。考えていたのと寸分も違わない答えに、俺は思わず天を仰いだ。
こいつの好みはとにかく、骨格だ。
まぁ、いろいろと並べ立ててはいたが、俺にはまったく理解不能なので覚えてもいない。
高校の頃、やはりすばらしく不細工な女に交際を申し込んで、手ひどく振られていた。
いや、振られるって。
最初、からかわれていると思った女の返事は、はかばかしく無かったが、松平があまり真剣なので、さすがに気が咎めたらしい。
女は小さな声で「私の何処がいいの?」と聞いた。
俺的には、クラスでトップクラスの不細工だと思った女だが、その姿は可愛かった。
「意外と可愛いじゃん。松平、目ぇ高いんじゃね?」
と、心の内で褒めたのも束の間。
「そのありのままの骨格を、まったく誤魔化し無く、晒してるのが素敵だ!」
まぁ、結果はお分かりの通りだと思う。
松平には、化粧で誤魔化すことには意味が無い。表の皮一枚のことだと思っているからだ。
だが、普通は褒めてるとは思わねーだろ。これ。
「なぁ、真田。俺、何で殴られたんだ?」
平手打ちを食らったこいつの情け無い顔は、笑うを通り越して憐れでさえあった。
それ以来、こいつのフラレ記録は更新され続けている。
こいつのちょっと変ったところがいいと云う女も稀にはいるんだが、大抵続かない。
とにかく、こいつの骨格に掛ける情熱は、もはやフェチと云ってもいいくらいなのだ。
付いていけない女を、俺は責められない。
そして、数年前からはかなりの自分に自信のありすぎるくらいの女しか寄り付かなくなった。昨今のプチ整形流行の所為か、それともそういう女だから整形をしているのか知らないが、こいつがまた、見事にそれを見抜いてしまうのだ。
しかも、本人はまったく悪気無く口に出すのだから、女にとっては堪ったものでは無い。
「君の、素敵な骨格を削るなんて信じられない」
松平曰くの『もったいない』台詞を、浴びせられた女たちは、十中八九、平手打ちをかましてヒールの音も高らかに去っていくのである。
その後には、呆然と頬を押さえた松平と、大抵一緒にいる俺が頭を抱えているのが通常だ。
「とりあえず、仕事中は止めろ」
コンビニで男に告白されたなんぞ、ひとしきりからかわれるくらいならいいが、繊細なタイプだったりしたら、目も当てられない。
「仕事が終わったら、付き合ってやる」
ぱっと顔を上げた松平の顔が輝いた。すがりつくような視線で俺を見ているが、別にお前が心配とかそういう訳じゃないぞ。
今までは大学の構内だからこそ、許されていたんだ。
ああ、あそこの助教授は変り者だね。で済まされていたのが、今度は大学の外だぞ。
いつもの調子で、告白なんぞされたら、まず変質者決定だ。
「真田、お前ってホントにいい奴だなぁ」
「ありがたく思えよ」
俺は今更の松平の肩をぽんと叩いて、歩き出す。
ちくしょう、今夜は多分、居酒屋で飲み明かす羽目になるのは決定だ。
俺は、助教授の薄給の財布を、白衣のポケットの中で握り締めた。