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整形美人<14>

「真田さん。只今戻りました」

時代劇かよ。思わず突っ込みそうになった言葉を引っ込める。

今日は遅番だと云う神楽くんと、松平が揃って帰宅したとき、俺は珍しく持ち帰った研究書類を読んでいたところだった。

「ああ。おかえり。松平、何もなかったか?」

「誰かにつけられているようなことも無いし、神楽くんの姉が待ち構えてもいない」

神楽くんを軽くいなして、松平に話しかける。

「真田。飯、これでいいか?」

「悪い」

どうぜ、神楽くんの帰宅を待つのなら、買い物は多いほうが店に嫌な顔はされないだろうと、俺の分まで松平に頼んであった。

「真田さん、味噌汁いりますか? 真田さんが作るのほど美味しくないと思いますけど」

俺は神楽くんが差し出すカップ味噌汁を押しやる。

「世話になっているからって、そこまで気はつかわなくていい。俺は部屋を提供しているだけだ」

「真田、冷蔵庫借りるぞ」

「ああ。ついでにビール取ってくれよ」

神楽くんが恨みがましい目で俺を見ているのは、先刻承知。

だが、あんな落ち込んだ松平などらしくもないものを見せられるよりマシだった。


なるべく神楽くんと時間を合わせないように、尚且つ、神楽くんを見守れるように。俺は帰宅と出勤の時間をずらすことにした。朝はなるべく遅めに起きて、神楽くんのいるコンビニで買い物をして大学へ向かい、夜は神楽くんと松平が家に戻った後に帰る。

このときも、一応コンビニには寄る。

今となっては、早く皇姫が仕掛けてきてくれないかと思っていた。出来れば、神楽くんがコンビニに勤めている週末までに。

さすがに利己的過ぎて嫌になる。自己嫌悪に陥りながら、俺は家路を辿った。


角を曲がって、もう少しで家に着く、筈だった。

そこには神楽くんと松平が立ち尽くしている。

「おい、松平。一体、何が…」

そこにいたのは、皇姫と知らない男だった。だが、神楽くんの青ざめた顔を見れば判る。

俺とちょっと似た体型の若い男…。

「山神」

「湯島」

お互いに呼びかけたまま、無言で向かい合う。こいつが多分、神楽くんの初恋の相手だ。

「山神。お前、家出したって本当なのか?」

「ああ。本当だよ」

「皇姫さんは、お前が妙な男に騙されたって」

「それを信じて、連れ戻しに来たんだ」

神楽くんの横顔は何処か寂しそうだった。唯一無二の友人だった男が、自分ではなく、姉のいう事を信じたのがショックだったのか。

それを支えるように、松平が神楽くんの肩を抱いた。

「お前が山神を誑かしたのか?」

男が松平に食って掛かる。

「神楽くんは立派に一人の男だ。自分の生き方は自分で決めるだろう」

松平は冷静にその男と対峙した。こういう時に、松平は神楽くんを後ろに庇うような真似はしない。

隣に立ち、しっかりと肩を支えるだけだ。

息を吸い込んだ神楽くんが、しっかりと前を見る。

「俺は、二度と村には戻らない」

「山神…。二度と? じゃ、村に帰っても、お前はいないのか?」

呆然と訴える男に、ちょっとだけ神楽くんが揺れたのが判った。応えてもらえない相手でも、いや、そんな相手だからこそ、可能性にすがりたくなる。

多くを望まなければいいのではないかと。

「好きでも無い相手と、無理やり結婚させられても、お前は神楽くんに自分の為に、村にいろと云いたい訳だ」

「真田さん?」

神楽くんが驚いて俺を見あげた。

俺がずいっと前に出ると、本当に同じようなタイプであるのは明確だった。

似たような体格と、似たような容姿。俺の方が少しだけ厚みのある身体つきをしているだろう。確かに皇姫が勘違いするのも判る。

「自己中もいいところだな」

「だが、男なんかといるよりはいいだろう!」

図星を指されたようで、男はむっとして反論してきた。自分が地元に帰ったときに、迎えてくれる友人たちには変らずにいて欲しいってか。

徹底的に頭が足りない。最も俺の嫌いな人種だ。

「それは神楽くんが決めることだ。お前じゃない。何の為に神楽くんは顔まで変えたと思う?」

「それは…」

男が言葉に詰る。後ろでは皇姫が俺を刺すような視線で睨み付けている。

暴力沙汰にでも訴えてくれれば、こっちも楽だったんだが、こういうからめ手で来られるとはね。

確かにこれならば、神楽くんは自分の意志で田舎へ帰りそうだ。

「神楽くんは、ここで新たに生き直したかったんだよ」

「真田さん…」

もういいと云う風に、俺の腕を神楽くんが引く。

だが、それでは俺の気がすまない。

「神楽くんは、何も与えられなかった。自分で何かを掴む為に家を出たんだ!」

男がうな垂れた。神楽くんの前だが、こんな奴は叩き潰しておかないと、為にならない。

「お前、皇姫からいくら貰った?」

ずばりと切り出した俺に、男が目をそらした。

カマを掛けただけだが、確信はついていたらしい。

「まさか。嘘だろう? 湯島ッ!」

親友であった男に、神楽くんが詰め寄った。箱入りのお坊ちゃん。信じたくないだろうが、人生はそんなもんだ。

「もう、いいわ!」

皇姫がくるりときびすを返す。今日のところはこれで引き上げという訳か。

男も慌てて、神楽くんの腕を振り払った。

神楽くんは呆然と振り払われた手を見つめている。

しばらくして、大きなため息を吐くと、そのまま俺の家に向かって歩き出した。

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