整形美人<12>
夕飯はコンビニで買ったものの他に、俺が味噌汁を作った。
俺より稼ぎの良かった女房は、残業で遅くなることも多く、これだけはよく作っていた。
「美味しいですね」
「そうだろ、こいつ、味噌汁は美味いんだよな」
松平と神楽くんが声を揃えて褒めてくれる。そんなたいしたもんじゃないけどな。
「これしか出来ないが、な」
「奥さんは?」
「別れて半年かな」
「十ヶ月になるぞ」
記憶を辿っていた俺に、松平の訂正が入った。
結婚して、数ヶ月ですでに綻びは出始めた。俺は口が過ぎるほうだし、女房は気の強い女で何かといえば、俺に張り合っていた。
そういう友人のような関係が新鮮で、俺は何かといえば女房に喧嘩を仕掛けていたようなところもあった。
俺たちの違いがはっきりと出たのは、子供のことだ。
子供を欲しがる女房と、自然に任せればいい俺と。早々と新居に子供部屋を用意するのを、俺は女に良くある夢だと思っていた。
喧嘩の原因はよく覚えていない。
最後には泣いて不妊治療を受けて欲しいという女房に「そんな格好悪いことが出来るか」といい放ったのは覚えている。
途端、女房はキッと口を結んだまま部屋へと引きこもり、翌朝には荷物ごと消えていた。
「とりあえず、女と暮らすのはこりごりだ」
接待で遅くなった女房に、味噌汁を作った俺に、アイツが何か云って笑いかけたっけ。
あれは、何と云ったのだろうか?
「あれ、松平さん。まだいいんですか?」
さすがにいい時間になっても帰らない松平を、心配したように神楽くんが訪ねる。
「今日から俺もここに泊まるから」
「ああ。そうなんですか」
ちらりと俺に視線を流す神楽くんを、俺は無視した。正直、松平と揉めてまで、神楽くんのご機嫌を気にしなければならない理由は俺には無い。
「じゃ、俺はもう寝るから」
すがるような神楽くんの視線を無視して、俺は切り捨てるように寝室の扉を閉めた。正直、これ以上の気まずい思いはまっぴらだ。
女房が居なくなった今、だだっ広いだけのダブルベッドに潜り込む。
とりあえず、二人だけの時間を作ることだ。
実際、皇姫から神楽くんを庇っていた松平は中々に男前だった。ああいう松平を頼りになると思ってもらえれば、見直す機会もあるだろう。
「おい、勝手に寝るな」
酒臭い息が掛かって、俺は布団をめくり上げたのが松平だと悟る。
「お前、やっぱり昨日、神楽くんと何かあっただろ?」
「何もねーよ」
うっとーしいっつーの! せっかく良く寝てたのに。
俺は布団をかぶりなおして、そのまま丸くなった。それを再び揺り起こして、松平は話を続けようとする。
「本当か?」
「だーッ、うるせえな。お前が今、しなきゃいけねーのは、神楽くんを守ることだろうが!」
しつこく揺り起こす松平に、俺がキレた。
「それとも何か? お前は惚れた相手が惚れてくれなきゃ、守らねーとかぬかすんじゃねーだろーな? 男なら、見事に守り抜いて惚れさせてみろッ!」
怒鳴りつけた瞬間、しまったと思ったが、もう遅い。
すっかりと酔いの冷めた顔で、肩を落として出て行く松平を、俺は我に帰って呆然と掛ける言葉も無く見送ってしまった。
「やっちまった」
しくじったという思いはある。松平は多分、焦っているのだ。理想の骨格の所為か、何時に無く松平は神楽くんに固執していた。
だが、神楽くんの理想とする男は、自分とは掛け離れている。
俺としては、神楽くんみたいな箱入りは、本当の恋をしたことが無いだけで、理想の自分がなりたかった男像を、相手に求めているだけだ。
それは恋情とは違う類のもので、大人になれば判る筈だと思う。
なので、むしろ松平がフラれるとすれば、神楽くんがそれに気付いたときだと思っているんだが。
「大人になってかかる麻疹は治りにくいからな」
考え込んでいても仕方が無い。俺は頭を切り替えて、寝る事にした。もっとも、こんな精神状態で眠れるかどうかは怪しいモンだったが。