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整形美人<11>

「真田、お前は何て…」

感激しすぎて言葉にならないらしい松平の背を、俺はぽんと叩く。

まったく、むずがゆいぜ。俺は口の過ぎるただのお調子者なのに。

「あの、真田さん。台所使わせてもらっても」

片づけをしていた神楽くんが部屋から顔を覗かせた。ソファの前で抱き合っている俺たちを見て、目を逸らし、パタンと扉を閉める。

「おい、神楽くん、誤解したぞ」

気付かなかったらしい松平に、俺はきちんと忠告をしたが、それさえ今は耳を素通りしているらしい。デカイ図体で、男泣きに泣き続ける男を、俺はひたすらやり過ごすしかなかった。



「お風呂頂きました」

頂きましたなどという古風な挨拶も、いかにも神楽くんらしい。

「いや、勝手に使ってくれ。俺は、基本シャワーしか使わないし」

むしろ、風呂の掃除までしてもらっているんだから、ありがたいくらいだ。

「ビール、呑むか?」

「ありがとうございます」

向かい合わせに神楽くんが座る。俺を見る目がなんとなく据わっているような感じなのは、俺の気の所為じゃないだろう。

「やっぱり、あなた方ってそういう仲じゃないんですか?」

ビールを煽って、切り出した神楽くんに、俺は天井を仰いだ。

あの後、神楽くんが簡単な夕飯を作ってくれて、俺たち三人は食卓へとついたのだが、松平に対しての神楽くんの態度の冷たいこと。

あてつけなのか、俺に対してはやたら愛想がいいものだから、松平はすっかりと萎縮して伺うように神楽くんを見ている。

それを神楽くんは、また綺麗に無視していた。

「あのな。俺はまったくそっちの趣味は無い。ちなみに松平もまったくないぞ。あいつが男がいいって言い出したのは、君が初めてだ」

俺の言い訳を、神楽くんは冷めた目線で見る。あれを熱い抱擁とか言い出すなよ?

「その割には、あなた方ってホントにべったりに見えるんですが?」

「高校の頃からずっとセット扱いだったんでな。俺としちゃ、松平と一緒にいると見劣りするんで遠慮したいが、奴の骨格フェチを聞いてやる相手が俺しかいないんだから、仕方無いだろう」

骨格に関する情熱は認めるが、世のオタクの常で、その情熱的な言葉の奔流からは誰しもが逃げ出す。俺だって聞いている訳じゃない。そこは付き合いの長さで受け流しているだけだ。

「俺だけじゃないんですね」

軽く頭を振って、神楽くんがため息を吐く。

「何が?」

「俺、何でデートの途中で、貴方の家に寄ったと思います?」

あちゃー、アイツ、デート中に語りだしちゃったのかよ。

「いつもの休日はどう過ごしているんですか?って聞いたら」

俺の家で、呑んでるって云った訳ね。さもありなん。ん? ということは。

「それって、君の中で答え出てるんじゃないか?」

松平と二人じゃ気詰まりだって云うんだろ?

「まぁ、そうなんですけど。こうなった今、俺に拒否権ってありますか?」

あそこで皇姫に会ったことが番狂わせか。

「ここまでお世話になって、真田さんにまで迷惑掛けて。それにあの人、悪い人じゃないのは判りますし」

ナンとも義理堅いことで。

「君の願望なんだろ? 俺と松平が出来てればいいってのは」

申し訳無さそうに、神楽くんがうなづいた。

「皇姫のことは俺たちに任せろ。とにかく、余計なことは考えるな」

皇姫という女は、やはり姉だけあって、神楽くんのツボと云うか、逆らえなくなる言葉と云うのを心得ている。

神楽くんが自由になる為には、何よりも奴の支配から逃れさせることが先決だ。

迎えに来た松平の前で、それだけ云うと、俺は二人を送り出した。

寝なおす時間は無い。中途半端な時間に起きたので、眠気が過ぎるが、ここで寝たら遅刻確実だ。俺は冷たいシャワーを浴びて、眠気を追い払った。

シャツとジーンズだけ身につけて、俺はキャンバスへと向かう。朝から寄るコンビニは、大学通りにある、神楽くんの勤めるところだ。

「おはようございます!」

扉を開くと、満面の笑みで神楽くんが挨拶をする。

たとえ整形だろうが、あの笑顔は綺麗なものだ。しかも、昨日までの妙に形式ばったものではなく、それが心から浮かべてくれるものであることは判った。

「帰りも松平が迎えに来るから」

レジで清算のときに小声で呟くと、一瞬キョトンとした顔になった神楽くんが、真剣な目でうなずいた。


研究室に入ると、機材に埋もれるように置かれたソファに転がって、松平がレポートを読んでいた。先週集めた学生の論文の下読みだ。

「目新しいような奴はいるか?」

「いや、駄目だな。今時の奴はネットで集めた情報で小器用なモンは書けるが、それ止まりだ」

「仕方が無いな。それはもう風潮って奴だ」

俺は自分の机に散乱した資料の山を脇へと退け、そこに買ってきた朝食を置いた。

湯を沸かして、小さめのカップラーメンを作り、弁当を開ける。

「真田。お前、神楽くんと何があった?」

「何も無いが…?」

意味が不明だ。カップラーメンをスープ代わりに啜り、弁当を食う手は休めない。

「神楽くんが、やたらとお前のことを聞いて来るんだ。神楽くんが憧れる男の条件って確かにお前だし」

明るくて、リーダーシップがあって、誰にも分け隔てなくってか?

松平も皇姫も買いかぶりすぎだ。

「俺は単なる調子のいい、流されるだけの男だぞ。家主の機嫌を損ねないようにしているだけじゃないのか?」

「俺にはそれだけだとは思えん」

「面倒くせえな、そんなんなら、お前もウチに泊まればいいだろう」

面倒ごとは嫌いなんだ。何で、こんなことで松平ともめにゃならんのだ。

「いいのか?」

「最初からそうしろっていってるじゃないか」

神楽くんには悪いが、松平の惚れた相手だからこそ面倒を見ているんであって、それ以上ではない。

後は乗りかかった船って奴だ。

どう流されても文句を云われるスジアイじゃないと、その時の俺は思っていた。

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