整形美人<1>
整形を一目で見抜く男・松平と、そのツレで助教授らしからぬガタイの真田。
そして、松平が一目ぼれをした理想の骨格の持ち主の整形美人。
それぞれの想いの行方は何処へ?
今回、准教授ではなく、旧名称の「助教授」を使用しております。
「どうしたんだ?それ?」
教授の部屋に入った途端、俺は思わず声を上げてしまった。
そこにいたのは、同期の松平幹夫。育ちの良さそうな品のいい、端正な顔立ちと、松平の名から、女子学生連中には殿様などと呼ばれて、助教授の中でも「結婚したいナンバーワン」などと持ち上げられている。
だが、現在の見事に腫れ上がった頬と、その理由を知って、尚もそう云うかどうかは謎だと俺は思っている。
「殴られた…」
実際には『はぐられた』という音に近い発音で、松平が云った。まぁ、そうだろう。何をやったかも想像は付く。
「またか。何処で誰に云ったんだ?」
「角のコンビニ。綺麗な骨格なのに、顔と合ってないんだ」
残念そうにため息を吐く。この骨格フェチめ。
「だからって、整形だろうなんて云われて、喜ぶ女なんかいる訳無いだろう!」
「いや、男」
「男?」
「綺麗な骨格だったんだよなぁ。純和風でさ。なのに、目元と口元が合ってなくって」
またしても、はぁーっと、心から残念そうにため息を吐く。
俺は駄目だこれは、と放っておく事にした。
そう、こいつは整形を一目で見抜く男なのだ。
こいつと俺が知り合ったのは、高校の理科準備室だった。
いや、それまでも知り合い程度ではあったさ。でも、普通のクラスメイトって奴。
大体が、こんなカッコいい男の隣になんていたら、自分が霞む。
女どもがちやほやするのも気に食わないしな。
そんなこんなで、同じクラスだったけど、口もろくに聞かない間柄だった訳だ。
それが変ったのは、二年の秋のこと。
「あれ?」
校内の購買前の自動販売機で、ジュースを買おうとして、俺は財布が無いのに気が付いた。
財布自体は100円ショップのものだし、小銭くらいしか入ってはいないが、定期券が不味い。おかんにどやされるのは確実だ。
多分、掃除当番だった理科室の何処かで落としたんだろう。
「しかたねーな」
夕闇の迫り始めた学校なんてのは、あまり気味のいいもんじゃ無い。しかも理科室は、来年には取り壊される予定の旧校舎にあるんだ。
何処の学校の怪談かって勢いの旧校舎に入って、ぎしぎしと音のする廊下を歩いて、突きあたりの理科室のドアに手を掛けたとき、そこに誰かがいるのに気付いた。
まぁ、何処の学校にもあるように、ウチの学校にも御他聞に漏れず、骨格標本が動くなんて云う怪談話があった訳で。
そんな作り話にびくつく様な子供じゃないぜー、なんて思いながらも、ドキドキしながら、そっとドアを開く。
骨格標本の前には、擦り寄るように頬ずりする男がいた。
「キモッ…」
思わず口に出していたが、それは男には聞こえなかったようだ。
うっとりとそれを眺めては触れたり、頬ずりするそいつは、クラスで嫌と云う程見てきた顔だった。
「松平?」
はっと振り向いた松平が、俺を見る。
俺は唖然と、松平は表情無く、しばらく向かい合っていたんだが、その松平の顔がしばらくすると喜色満面という風に輝いた。
「真田!」
つかつかと歩み寄ってきた、松平が俺の手をがっしと掴む。
「君だけだよ。僕のこれを見ても逃げ出さなかったのは!」
いや、あまりのことに呆然として逃げ出し損ねただけだって。
「見てくれ、この見事な骨格。素晴らしいだろう!」
「はぁ」
俺はもう呆れて、延々と骨格の見事さを褒め称え、それについて論じる松平に付き合ってしまった訳だ。
それ以来、俺たちは殿と家臣コンビと呼ばれて、高校でも注目を集めるようになってしまった。
いや、豊臣と真田、もしくは武田と真田なら、殿と家臣でも納得するが、松平と真田ってつながりねーって。という突っ込みを心の奥に隠しつつ、奴との腐れ縁は未だに続いている。
専攻は『人間工学』。
この帝都大学の大学院はTOPクラスとはいかないが、それなりの研究施設が揃っていたし、何よりも教授の人間離れ振りがすごく、俺たち助教授連が何をやってもお構いなしなところが気に入っていた。
実際、松平がボーナスつぎ込んで購入した、ドイツ製の骨格模型は堂々と教授室の特等席に飾られている。
お陰で、異様に痩せて長い白髪の教授には、俺たちが子供の頃の特撮の悪役から来た、不名誉なあだ名が付いているが、誰もそのことには触れようとしなかった。