陸上×部活
「ざっくん!!おっはよー」朝一番に声をかけてきたのは、やはり隼都だった。
「おー、隼都」隼都に伸ばした手を慌てて引っ込める。癖というのは悪い物だ。ついつい、大切なことを忘れる。そう柘榴は心の中で呟いた。
「どーしたん、柘榴?」
「悪い。用事あるの思い出した」とてもベタなセリフだとは思ったが、相手は隼都。ノリで肩を掴んでしまうのも時間の問題だろう。少々、後ろ髪を引かれる思いだったが、隼都を置いて、疾走した。柘榴のスピードには誰も追いつける筈がない。
「柘榴先ぱ…」
「柘榴!!」
「お早う…」声を掛けられているにも関わらず、柘榴は屋上に駆け上った。
運の良いことに、屋上には誰もいなかった。
「慌ただしい朝に…屋上で過ごすとか有りがちかな」柘榴は蒼空を見上げて独りごちた。
「…今思えば、人に触らず生きるって難しい話だ」我心の話を思い出す。我心は今までどうやって生きてきたんだろう?…やめやめ、そんなこと考える必要ない。我心と俺、お互いのことなんてこれっぽっちも関係ない。我心が隼都みたいな性格だったら考え直してもいいけど…今のところそれは無さそうだ。
チャイムが鳴る。それでも俺は急ぎもせず、遠くの景色をぼーっと眺めていた。
今日一日の授業があっという間に終わった気がする。いつの間にか部活の時間になっていた。ぼーっとしていたせいか、部活が恨めしかったのか。後者ではないことを願おう。
「ざっくんー、グランド行くで」隼都が真っ先に駆けつけた。
「ああ。今行く」そう言って鞄を肩にかける。隼都に触れない注意をしていることがバレないように心がける。逆に、用心してるのがバレたりな…と心の中で呟く。
「今日は10キロランニングやるんかなー」
「嫌いか?」
「辛いやん。スポーツ万能なお前には分からんやろうけどな」
「バーカ」そう言って、また隼都の背中を叩きそうになった。危ういところで抑え、グランドに向かった柘榴と隼都は、先輩から10キロマラソンをすることを伝えられた。
「なあー。やっぱりやろ」今度は、隼都が柘榴に体重を乗せるように、後ろから肩を掴もうとした。スレスレで気づいた柘榴は、横に避けたため、隼都はこけそうになった。しかしその間、当の柘榴は大きな溜め息をついていたのだが。
「柘榴、今日お前なんか変やで」
バレたか。心の中で柘榴は舌打ちした。
「は?何が?」それでも知らないフリを突き通そうとする。いつも隣にいる奴に、こんなデマ通じる筈もないが、ダメ元だ。
「ふざけ…」
「おい!話聞いてたか」隼都が言い終わる前に、部長が割って入ってきた。
先輩ナーイス。柘榴は心の中でガッツポーズをしてみせる。
「その様子じゃ聞いてないな」隼都のポカンとした顔を睨み、部長はコートの出入り口を指差す。もうすでに、1、2年はランニングに出ていた。
「お前らプラス5キロ」ニヤリと不吉な笑みを見せる部長に、隼都の笑顔もひきつっていた。
「ったく!!ザックンのせいで5キロも余分に走らせられるなんてなあ」隼都が、走りながら言う。天を仰いで切なそうな目を向けた。
「それはこっちのセリフだぜ」その顔したいのは俺だよという気分である。今までで、1番精神力を使った日になりそうだ。色んな意味で頭が痛い。
「そもそも何の話してたんやっけ?」流石隼都…記憶力の無さは抜群だな。いつも困る短所が今だけ救いと化している。柘榴は心の中で呟いた。
「さあな。俺、先行くぜ?」
「そんなー」隼都のペースに合わせる必要はない。とにかく、俺は先輩たちと、早く練習したいんだ。こんなウォーミングアップなんて早く終わらせて。
「ホント、お前は部活に熱いな」隼都は、スピードをアップさせながら去って行く背中に向かって、声を漏らした。
柘榴は、先に10キロを走りに行った部員たちよりも、早くランニングを終わらせていた。勿論走った距離は、15キロなのだが、全員追い抜いてしまったのである。その癖、息は荒れていない。これは小6の頃からで、我心の異力とは関係ない。そのせいで入部してから2ヵ月は、多くの先輩から目をつけられていた。今も、数人からは目をつけられてはいるが。
「もう走り終わったのかよ!?」高校3年である峰里が柘榴を見かけて、すぐさま声をかけた。柘榴の通う中学校はエスカレーター式で、高校生も同じ場所で練習している。その方が色々と便利なのだ。峰里はこの高校で2位。(…といっても、もともとショートスプリンターの数が少ないのだが 笑)陸上部は高校の部が21人、中学の部が30人で成り立っている。ちなみに、柘榴が1番仲が良い先輩でもある。
「うわ…」時計を見ると走ってから30分くらいしかかかっていなかった。少し気が引ける。
「何自分で驚いてんだよ。やっぱ俺様凄すぎって気分かぁ?」峰里がポーズをとってみる。それが面白くて柘榴は腹を抱えて笑った。
成程、これが我心からもらった異力なのか。思ったより速く走れたことに驚く。我心はこれを有利だと言った。確かに言えてる。
「それより今、何してんすか」
「んーと、基礎練」
「まだやってんスか」
「お前が早いんだって」
「そんで先輩は…」
「個人練習」そしてにやっと笑ってみせる。
「またですか?」呆れ顔を返す柘榴。
「オレはオレで、自分なりのメニューがあるんだよー」
「端から見れば、ただのサボリじゃないスか。そんな調子で、会津部長抜かせるんスか」
「いいじゃん。3年の特権ー!会津だってそのうち抜かすもん。んで今、オレがするべき練習はねぇ…」そして間をとって、柘榴の反応を見る。
「オレと同じくらいの速さのヤツと走ることかにゃ」
「俺、手伝いましょうか?」柘榴もニヤリと笑い返す。部長である会津焔は、県で1位の実力を誇る。他人に厳しい分、自分にも厳しい。柘榴も入部した時には驚いた。高校の部だから直接話すことはあまりないが、流石名門校の部長だと感心する。柘榴も、部長には及ばなかったが、峰里にはもう少しで勝てるかも?…と思ってたり…。柘榴は、基礎練をサボれるのを良いことに、この誘いに乗ってみた。
「先輩、アップしなくていいんスか」
「ここ来る前にした」つまり、ちゃんとしたアップはしていないのだろう。
「アップしないと怪我しますよ?」
「そん時はそん時」
「お手柔らかに」
「まさか。お前相手に油断できるかよ」そう言いながらコースに着く。
「タイマーは…」
「隼都がいる」柘榴は走り終わった隼都を見つけ、指を指す。思っていたより疲れているようだが、やむを得ない。
「おーい小東ー」
「何ですか」
「タイム測ってくれ」ラッキー。基礎練サボれるー。そう隼都は呟き、位置に着いた。皆考えることは同じ。基礎練は面倒臭い。他の走り終わった部員が羨ましそうに見ていた。
「位置について」二人の目の色が変わる。瞬間、音が無くなったような空気が周りを包む。集中モード。その雰囲気で、誰も喋ろうともしないし微動だにもしない。
「用意」ざっくん。頑張りや。今日こそ勝つんや。お前ならやれる。2人の速さは部内でも段違いに速い。スタートしてからまだ5秒も経ってないのにあの加速。自分には真似できない。羨ましいっていつも思う。そんな才能があれば…。ざっくんにこう言ったら、才能じゃない、実力だって言われるんやろうな。