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秒速100m  作者: 楼榮 槐
1巻
5/23

我心(ガシン)の異力(イリョク)2

気がついたら日の当たる部屋で寝ていた。

「起きれるか?って言うか起っきろー」我心はテーブルに朝食を並べていた。

いつもと変わらない、このけだるさが混じった声。その表面の薄っぺらい笑みの奥に人を避けるような嘲りが見える。

「ああ…。ここは?」

「俺の家」

「なんで…」そう言った瞬間、鋭い頭痛が走った。

「あんた自分で歩いてきたことも忘れたわけ?」

「そうなのか…?」

「あまり考えないほうがいいよ?今は、俺の言うとおりにしてればいいんだからさ」名前の通りの自己中さも変わらない。柘榴は立ち上がり、テーブルについた。

「今は、朝飯でも食べて、健康管理すれば?話は後でゆっくりと…」柘榴は気にせず卵焼きを口に入れる。

「美味い…」

「黙って食べれば?」

「人がせっかく褒めて…」そう言った柘榴は、我心が表情を隠しているのに気が付いた。

「照れてんのか?」そう言って鼻で笑う。いつもの仕返しのつもりで。

「馬鹿いえ」そう言いながら食器を洗う。

「とりあえずあんたは寝ててくんない?」

「あ、そういえばお前も寮に住んでんだな。やっぱり私立の寮は違うなー。綺麗すぎだろ」

「ちょっと…俺の話聞いてる?っていうかここ寮じゃないし」

「は?」窓の外を見る。明らかに一戸建てとは思えない高さだ。

「…マンションだけど」

「マンション!?」我心はもう聞いてくるなと言うように眉を寄せる。

「ほら、寝てなよ」

「マンションに1人暮らし!?お前の家、金持ちだな」

「別に。1人暮らしじゃないし」

「そっか。親どっかで働いてんだな」

「…妙に沢山喋るようになったじゃん」忌々(いまいま)しそうに目をそらす。確かに個人情報を聞きすぎた気がする。わりいと呟いて、違う話題を探す。

「そういえば話って」

「後」我心は近くにあったスポーツバックを持ち上げ、部屋を出ようとした。

「どこか行くのか?」

「部活」

「土曜日なのに?」

「当たり前じゃん」

「そもそもお前、部活…」柘榴が最後まで言い終わらないうちに、我心は

「野球」と振り向きもせず言い、扉を閉めようとした。柘榴は驚きでせそうになった。

「陸上は!?」瞳孔が見開き、声が裏返る。我心はやれやれというように首をすくめた。

「俺がいつ陸上部って言った?元から野球だし。担任が陸上部の顧問でさー、気まぐれで出されてるわけ」柘榴は我心を睨みつける。こっちはお前を抜くのに精一杯だってのに、当の本人は優勝という言葉にさえもありがたみを持たないわけ?

「いい加減な事すんなよ!!」つい言葉を強くしてしまった。

「まあまあ怒んなよ。しょーがないじゃん?ま、俺だって暇つぶしにはなってるわけだし?学校にも貢献してるわけだから、一石二鳥…」陸上を暇つぶしだと?その言いようにムカついた。

「おまえ!!」

「だから何で怒ってるわけ?確かにお前は陸上一筋だって分かるけどさ。お前に怒られる筋合いなんてないと思うけど?」

「…」何も言えなかった。確かに、陸上を侮辱するようなことを言ったのは我心だが、それを注意する権利が俺にはあるのか。こんな奴に言われるのは皮肉だが、速くなりたいがためにこの力をわけてもらった自分に言えるはずがない。

「とりあえず、あんまり騒ぐと体壊すよ?」壊すんじゃない、壊してやるよというようにニヤリと笑って扉を閉めた。

                     ☆

 物音がして目覚めると、ぬっと覗きこんだ小動物の瞳と目が合った。

「うおっ」驚いて声をあげると、向こうも驚いたように後ろに跳躍する。

「なんだ…これ」黒い生き物が威嚇する。威嚇したいのはこっちだよって言いたいとこだ。

桐生キリュウ」我心の声がした。丁度、家に帰ってきたのだ。

「遅い」時計を見ながら声をかける。時計は4時を指していた。

「終わったのが遅かっただけ」

「本当にそれだけか?」柘榴は疑うような目つきをしてみた。本当は遅くなった理由なんてどうでも良かったのだが、ふとからかってみたくなったのだ。

「部長なんだよ」思わぬ答えが返ってきた。

「は?部長!?」こんな奴でも部長になれるのか。

「部長って…。人のこと、考えもしねぇお前がか?ありえねー」

「そんなの関係なくない?」我心が睨む。普段怒らないせいか、いざ睨まれると迫力がある。

「それにしても黒い…狐?」視線を落とし目の前の生物を見る。

「染められた」誰に?とは聞かなかった。どうせ知らないヤツにだろう。コイツを恨むヤツなんて途方もないくらいいるに違いない。現に俺がいる。

「お前触れないのにペット飼ってんのか?」

「ペットじゃない」

「あ、悪い。家族か」ペットを飼ってる人はだいたいそれを家族や親友という。現に俺は…と言いたいところだが、ペットを飼っていない俺には、どんなものだかなんて分からない。

「違う。ただ餌あげてるだけだし、触れないから飼い主らしいこともしてあげらんないし。所謂いわゆる大家?」場所と餌だけは貸しているという意味だろう。

「してんじゃん。お前には凄く馴れてんぜ」小動物は我心の足にすり寄っている。手に触れてはいけないことを、本能で察知しているのかもしれない。

「それで話って?」話を戻す。

「あんたはこれから誰とも接しない方がいい。中学生なら尚更なおさら。下手したら命も落としかねない」そんなことか。それをあらかじめ了承してるからこの力を受け入れられるんだろ。

「大丈夫だ。そこらの人よりは注意深い」

「俺の言ってる意味分かってるの?」

「たとえ誰かと仲良くしようとも触らなければ平気だしな」柘榴の言葉に、我心は呆れるような表情を浮かべた。底からの絶望が瞳に見え隠れしている気がする。それが、これから話す話によるものなのか、柘榴の思い込みなのかはよく分からなかった。

「あんたこのままじゃ確実に潰れるよ。俺がやるまでもない。自爆かな。その言葉聞いて俺が後悔してるくらい」

「お前に関係ねーよ。そもそも俺とお前には友情関係なんてない。俺はお前が嫌いだし、お前は友情を否定してる。それに変わりは無いだろ。俺の未来は俺で決める。そのくらいの責任ぐらい持ち合わせてる。それだけだ」

「ま、勝手にすれば?あんたが何かした時は、俺が潰してあげるから」そしていつもの笑みを浮かべる。

「その時は直々に…ね」

                       ☆

「そんじゃ、もう帰る。世話になったな」

「もう歩けるわけ?」

「心配御無用」

「いつ俺が心配した?体が丈夫だったことを自分自身に感謝した方がいいんじゃない?けど、気をつけて帰ったほうがいい。この力は磁石と同じ。いつ何時、人に出くわすか分かったもんじゃない」我心は、嬉しそうに言う。まるで共犯の仲間が増えたように。

「お前に言われたくねーな」

「言われたくない言葉をあえてぶつけてるわけ」

「本っ当にムカつく奴だな」そう言うとスニーカーを履いた足でジャンプをしてみせる。

「よし、行ける。じゃあな」その言葉と同時に柘榴は走り出した。

「あんたはきっと…孤独の闇に堕ちることになる」誰もいない(くう)に、我心はそっと呟いた。


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