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秒速100m  作者: 楼榮 槐
1巻
3/23

柘榴×隼都

 今となっては柘榴も、ゼロ塾の住人と化している。

それはさておき、この塾では毎月成績順による席替えが行われる。成績が良かった人から上のクラスになるため、皆上を目指して勉強する。

 その中でも1番上のクラスというのが定員18名の過酷な修羅場。入ったら入ったで、怒涛の毎日を過ごさなければならない、各中学の成績優秀者が集まる城。そこに宮城我心ミヤギガシンはいた。

 あんなところに、自分の居場所なんてあるのか。まるで負け犬の遠吠えのようなことを思うのだが。想像ができない…300人の頂点というのは。そこにアイツは上り詰めた。一体どのくらいの勉強をし、どのくらいのIQがあるのか。その全てが未知。謎でしかないアイツに何故そこまで執着しているのか、それさえも分からない。ただあまり良い意味、つまり憧れとかではないのは確かだ。

 今回はどうかと、柘榴は貼り紙を囲む野次馬の間から、成績ランキングを見る。

 1位…宮城我心

 心の中で舌打ちをする。当の自分はというと、132位。成績順でいうと12クラス中の5クラス目。もちろん我心と同じクラスにはまだ1度もなったことがない。入塾した時は186位だったから少しずつ上がっている。このまま上がり続ければ、いずれは我心と同じクラスになれるかもしれない。そんな期待の裏で、自分の不甲斐無さが募る。

 何が我心を抜かしてやるだ、何がアイツに近づきたいだ…!!そもそも我心が1位という事実が、気に食わない。何で勉強もスポーツもできるんだ?オマケに顔もいい。

 自分の人生を振り返る。勉強もスポーツも中途半端。確かにできないわけではないが、それでも何かできることが欲しいと心から思っていた。そんな中で見つけたのが陸上。その陸上さえもとり上げられたのは屈辱だった。

 プライドを崩したアイツとは同じクラスにもならないため、話すこともない。それでも名前を見るだけで見下された気分になる。それが何よりもイラついた。侮辱という言葉は何よりも柘榴を苦しめる。

「いよっしゃ!!ザックンまた同じクラスやん」いきなり暗い気持ちを跳ね返すような明るい言葉をかけてきたのは、同じ学校同じクラス、おまけに同じ部活の小東隼都コヒガシジュントだった。柘榴が入塾するのを知って、一緒に行くように親に言われたらしい。多分、柘榴と一緒にいる時間が一番多い人物だろう。

「なんでオレの方が学力勝ってんのに隼都に内申は負けんだろうな…」ポツリと柘榴が前々から思っていたことを呟いた。

「それはやな…」オマエの態度がかなり悪いからや…というのはあえて言わなかった。いや…言えない。不思議そうに柘榴は隼都を見やる。

「なんでもないてっ!!」必要以上に手をぶんぶん振り回す。

 当人には自覚が無いのだろうが、柘榴の授業の態度は他者から見るととんでもない。少し俯き加減のまま目だけ上に向ける。それだけで柘榴スタイルは完璧だ。教師の目から見れば白目にしか見えない。

「ザックンはとりあえず先生に笑みでも浮かべてみたらええんやないの?」

「だーかーらその呼び方やめろっての。しかも笑みって…気味悪いだろ。とりあえず実験してみてから言えよ」ザックンって何だよ。同じクラスになってからというものの、毎回会うたびに言ってくる。関西弁は親譲りだと聞くが、変なあだ名をつけるのも親譲りなのだろうか。

「そないなこと言わんといてな。軽い冗談やろ。何やまた宮城の名前見てんのん?ザックンにそんな趣味あったとは思わへんかったわ」

「そんな趣味?んなわけねーよ。お前じゃあるまいし」

「酷いなザックン。俺もそんな趣味あれへんで。まあそうやって宮城をライバル視してんのもザックンらしいっちゃらしいんやけど」

「ライバルなんて思ってない」

「そうかぁ??」そう言って、丁度通りかかった我心を見つめる。つられて柘榴も目をやる。向こうはこっちに気づかない。

「はっきり言って、宮城のこと好きなんちゃうの?いや、あーゆー意味じゃなしに、友達とかいう意味で」

「んなわけねーだろ」嫌がらせかとでも言うように見やる。

「でも、嫌いやったら同じ塾なんて入らへんで。その点俺はめっちゃザックンのこと好きやかんな…もちろん友達っていう意味で」隼都が柘榴の首に腕を回す。

「そりゃどうも」嬉しそうな隼都を横目で見ながら、おめでたいヤツだと呟く。俺が我心を友達だと思ってるって?そんな筈ないだろ。プライドを潰すわ、馬鹿にしてくるわ、初対面の相手にまあズケズケと…とりあえず最悪だ。敵としかいえない。

「そういえば次の試合いつやった?」

「来週の土曜だろ。それも忘れたのか」

「いや、確かめたかっただけや」いつになく真面目な隼都の反応に、緊張とも苛立ちとも、とれない感情が波立つ。

「柘榴、今度は勝てるんか?えと…宮城と当たるんは5度目か」

「4度目だって。…さぁな。そりゃ勝ちたい。でも隼都だって同じだろ?」

「俺はザックンみたいに速ぁないし。これでもザックンに期待してるほうやけど」

「バーカ。俺に期待してどうすんだよ」そうだ。俺に期待なんかすんな。実際のところ、隼都のおかげで今までどれだけ助かってきたか計り知れない。だからこそ隼都には成果があってほしい。人に期待する前に自分に自信持てよ、隼都。

 一年の春を思い出す。あの時はまだ羨望の眼差しの中にいた。…と言っても今だって、我心の次には速いのだから県レベルではあるし、あまり状況は変わらないか。まああのときは精神的に安定してた。

 初めての先輩という存在にどう接すればいいか分からなくて、同じチームメイトと一緒に頑張るとかっていうのにもイメージが湧かなかった。そんな中、隼都が柘榴に発した第一声が

「片付けは?」だった。柘榴は1年の中でも、段違いに速かったため、誰もが柘榴に注意もしなかった。だから1年がすべき片付けも、よくほったらかしにしていたわけである。

隼都の言葉に

「は?」と聞き返す。

「だから片付け!!」

「選手じゃない奴がやるだろ?」

「柘榴も1年やで。やらんといかんやろ。どんなに強い先輩でも片付けはやってたんや。歴史上の人物の言葉知ってるか?」隼都の熱い語りに、ついつい柘榴も笑いが耐えられなくなった。中学に入ってからというものの、初めて笑わしてくれたと思う。それから、柘榴と隼都はよくいるようになったのだ。

「サンキュー隼都…」

「え?」

「何でもない」

「聞かんことにしとくわ」そう呟き、黄色い声が湧き上がる教室に舞い込んだ。


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