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秒速100m  作者: 楼榮 槐
1巻
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11/23

雨×疾走  ~苦痛を超えれば~ 



 翌々日になっても、隼都(ジュント)が学校に来ることはなかった。その代わり、その日に俺を待っていたのは1つの悪報だった。

「えっとー今朝、小東(コヒガシ)の家から電話があってよ、肺を壊して入院だそうだ。見舞い行ってやれよー」面倒くさそうに話す担任。もっと心配するべきだ。聞いているだけで苛立(いらだ)つ。

 そんなところ、我心とかぶらせても良いことないぜ?あんたもいい年いってんだから、新しい人生歩んだら?…って言いたいとこだ。あれ?俺もアイツに似てきたかな。

「見舞い…か」今日くらい行った方がいいのかもしれない。隼都のためにも、自分のためにも…。

 そう思っても、いざとなったら足が竦(すく)んでしまう。そんな事言ってる場合じゃないっていうことぐらい分かってる。たとえ隼都が、俺の力による気絶だと知っていようが知らなかろうが、自分の心がそれをしたことを許す筈がない。


病院の一室を静かに開ける。隼都以外は誰もいなかった。ほっと胸をなで下ろす。隼都は音に気付いたらしく、読んでいた漫画から顔をあげた。

「おう!ざっくん。久しぶりやん。1番最初に来る思うてたのに、意外やなあ」それは柘榴のせいで気絶したと知っての言葉だろうか。鼓動(こどう)が速まる。

「1番の友達やろ?それなら気絶した当日に来なあかんやん。ちなみに気絶より肺なんとか…って病気なんやけどな。持病…なんかなぁ?」

「かなり突っ込みどころある言いぐさだな」

「友達ってとこか?」

「違う!」自分の病名くらいはっきりしろよ、と言いたかったのだが、あえて言わない。

「じゃ、俺のこと友達思うてくれてるんやな」と、とびきりの笑顔を見せる。

「そんなこと大っぴらに言うなよ」他愛もない会話に胸がキリキリ締め付けられる。隼都は自分の病気のせいで気絶したと思ってる。罪悪感。何もかもが今すぐ戻ってしまえばいい。それが無理なら俺の記憶をなくしてほしい。何も知らずに、隼都の病気のせいだとへらへら笑っていたい。笑いたくても記憶が邪魔をする。先輩に勝ったあとに触れた手。昨日何をしたかも曖昧(あいまい)な癖(くせ)に、嫌な記憶はより鮮明で。目の前でドラマの生撮影を見せられているようだ。

「ざっくん?」

「…ああ。それより起きていて大丈夫なのか?」

「心配せんでもええて。めっちゃ元気やで」

「心配じゃねーよ」

「またまた照れちゃって」柘榴(ザクロ)は黙(だま)る。それから不意にこんな質問をした。

「お前、俺のこと恨(うら)んでるか?」

「何で?あぁ、俺が気絶したとき、何もできへんかったことか?先輩に聞いたで。あれは気が動転してたからしょうがないって…」

「違うんだよ!!」元々、真実を知らない隼都にこんな質問をしたって、何を言っているのか意味も分からないだろう。自分の異力(イリョク)のせいだということを知らせたくはないのに、俺をもっと責めるべきなのではないかと思う。その矛盾に心が痛む。もっと恨んでくれ。そう心で呟く。俺は、お前に友達だと思われる権利なんて持ってないんだ。こんなこと隼都に言ったら

「友達ってのは権利とかで決めるもんやないやろ。俺が信頼してる奴が友達なんや」って笑って言ってくれるだろうか。無邪気で、純粋な心を持つ隼都。隼都が我心(ガシン)のような性格だったらこんな思いはしなかった。ふとそんな事を思った。ここでもまたアイツのことを自然と思い出している。我心と俺。友達とは、大分(だいぶ)かけ離れた関係で、磁石の同極のように反発しあう。俺はアイツが嫌いで、我心は友達そのものを否定する。そんな関係な奴なら皮肉を言い合えただろうに。言葉に詰まる。

「…いや、何でもない。何か思い出すと頭痛(あたまいた)くなってきた」

「思い出さんでええ。俺の言葉で苦しんでるなら謝るわ」謝らないでくれ。その同情に苦しんでるんだ。しかし、あと5日もすればこの出来事は全てなかったことになる。隼都も、もう少しすれば元気に学校に来ているだろう。残るのは俺の罪悪感。果たしてそれで本当にいいんだろうか?まるでニュースアナウンサーのように自分に問いかけてみるが、答えは返ってこない。

「また来る」

「あぁ。…と言っても、そんな重い病気やないから後数日で退院やけどな」

「無理はすんなよ。じゃあな」

「おう!」


 苦痛30%…。見舞いに行ったことは、己の気持ちを軽くした。むしろ、プラスでさえある。その気持ちを糧(かて)として、土曜日だというのに今日も学校へ向かう。いつもの通りの午後練。しかし風は強く、遠くの雨雲が急速に近づいている。部室に行く足が逸る。



 部室に着いたとき、空はもう雲に包まれていて、最初はポツポツと降っていた雨も直に激しくなり、地面がみるみるぬかるんでいった。

 背中を壁に預けてみる。湿気のせいで、クセがいつもよりうねっていた。

 鬱陶(うっとう)しい。部活なんてできる筈(はず)もない。誰もいない部室…こんなことなら天気予報をちゃんと見ておくんだった…。

 雨…この天気が今の自分の心のような気がした。悪いのは自分だ。それを我心のせいにして…。アイツは俺を止めようとしていたのに。それを俺は聞かないで…あとで我心に謝るべきか?あとっていつ?…能力を消してもらうときでいいか。謝るなんて俺の性分(しょうぶん)じゃない分、恥ずかしいし。でもその恥ずかしさよりも、謝りたいという気持ちの方が強い。会って謝りたい。なんで俺はあんなに我心を責めたんだ?

 我心を悪く決めつけていた自分と、それにイラつく自分。心の中が狂ったシグナルのように、色を放ったり消えたりする。

 この天気のように、なんとか隠そうと、なんとか紛らわそうと…表面上は笑っても、心の片隅はこの雨のように、強く激しい感情が渦巻いている。「やめろ」と…そう言っているようで。

 空を仰ぐ。

 天気を晴らすには…心を晴らすにはどうすればいい?嫌な天気だと思いたくない。それは自分の嫌な心を永久放置してしまうことになるから。走れないなんて諦めつけるようにはなりたくない。それは謝ることさえもできない臆病者になることになるから。

 だから走りたい。この天気が自分の心なら、それを超えたい。どんな場所でもいい。どんな環境でもいい。だから、この力強い蹴りで大地を踏みしめたい。勢いよく駆ける。今までにない走り。きっと先輩と走ったときよりずっと速くなっている。雨が目に入り、景色がぼやける。それでも良かった。地の心地良い感触さえあれば。




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