雨×疾走 ~苦痛を超えれば~
翌々日になっても、隼都が学校に来ることはなかった。その代わり、その日に俺を待っていたのは1つの悪報だった。
「えっとー今朝、小東の家から電話があってよ、肺を壊して入院だそうだ。見舞い行ってやれよー」面倒くさそうに話す担任。もっと心配するべきだ。聞いているだけで苛立つ。
そんなところ、我心とかぶらせても良いことないぜ?あんたもいい年いってんだから、新しい人生歩んだら?…って言いたいとこだ。あれ?俺もアイツに似てきたかな。
「見舞い…か」今日くらい行った方がいいのかもしれない。隼都のためにも、自分のためにも…。
そう思っても、いざとなったら足が竦んでしまう。そんな事言ってる場合じゃないっていうことぐらい分かってる。たとえ隼都が、俺の力による気絶だと知っていようが知らなかろうが、自分の心がそれをしたことを許す筈がない。
病院の一室を静かに開ける。隼都以外は誰もいなかった。ほっと胸をなで下ろす。隼都は音に気付いたらしく、読んでいた漫画から顔をあげた。
「おう!ざっくん。久しぶりやん。1番最初に来る思うてたのに、意外やなあ」それは柘榴のせいで気絶したと知っての言葉だろうか。鼓動が速まる。
「1番の友達やろ?それなら気絶した当日に来なあかんやん。ちなみに気絶より肺なんとか…って病気なんやけどな。持病…なんかなぁ?」
「かなり突っ込みどころある言いぐさだな」
「友達ってとこか?」
「違う!」自分の病名くらいはっきりしろよ、と言いたかったのだが、あえて言わない。
「じゃ、俺のこと友達思うてくれてるんやな」と、とびきりの笑顔を見せる。
「そんなこと大っぴらに言うなよ」他愛もない会話に胸がキリキリ締め付けられる。隼都は自分の病気のせいで気絶したと思ってる。罪悪感。何もかもが今すぐ戻ってしまえばいい。それが無理なら俺の記憶をなくしてほしい。何も知らずに、隼都の病気のせいだとへらへら笑っていたい。笑いたくても記憶が邪魔をする。先輩に勝ったあとに触れた手。昨日何をしたかも曖昧な癖に、嫌な記憶はより鮮明で。目の前でドラマの生撮影を見せられているようだ。
「ざっくん?」
「…ああ。それより起きていて大丈夫なのか?」
「心配せんでもええて。めっちゃ元気やで」
「心配じゃねーよ」
「またまた照れちゃって」柘榴は黙る。それから不意にこんな質問をした。
「お前、俺のこと恨んでるか?」
「何で?あぁ、俺が気絶したとき、何もできへんかったことか?先輩に聞いたで。あれは気が動転してたからしょうがないって…」
「違うんだよ!!」元々、真実を知らない隼都にこんな質問をしたって、何を言っているのか意味も分からないだろう。自分の異力のせいだということを知らせたくはないのに、俺をもっと責めるべきなのではないかと思う。その矛盾に心が痛む。もっと恨んでくれ。そう心で呟く。俺は、お前に友達だと思われる権利なんて持ってないんだ。こんなこと隼都に言ったら
「友達ってのは権利とかで決めるもんやないやろ。俺が信頼してる奴が友達なんや」って笑って言ってくれるだろうか。無邪気で、純粋な心を持つ隼都。隼都が我心のような性格だったらこんな思いはしなかった。ふとそんな事を思った。ここでもまたアイツのことを自然と思い出している。我心と俺。友達とは、大分かけ離れた関係で、磁石の同極のように反発しあう。俺はアイツが嫌いで、我心は友達そのものを否定する。そんな関係な奴なら皮肉を言い合えただろうに。言葉に詰まる。
「…いや、何でもない。何か思い出すと頭痛くなってきた」
「思い出さんでええ。俺の言葉で苦しんでるなら謝るわ」謝らないでくれ。その同情に苦しんでるんだ。しかし、あと5日もすればこの出来事は全てなかったことになる。隼都も、もう少しすれば元気に学校に来ているだろう。残るのは俺の罪悪感。果たしてそれで本当にいいんだろうか?まるでニュースアナウンサーのように自分に問いかけてみるが、答えは返ってこない。
「また来る」
「あぁ。…と言っても、そんな重い病気やないから後数日で退院やけどな」
「無理はすんなよ。じゃあな」
「おう!」
苦痛30%…。見舞いに行ったことは、己の気持ちを軽くした。むしろ、プラスでさえある。その気持ちを糧として、土曜日だというのに今日も学校へ向かう。いつもの通りの午後練。しかし風は強く、遠くの雨雲が急速に近づいている。部室に行く足が逸る。
部室に着いたとき、空はもう雲に包まれていて、最初はポツポツと降っていた雨も直に激しくなり、地面がみるみるぬかるんでいった。
背中を壁に預けてみる。湿気のせいで、クセがいつもよりうねっていた。
鬱陶しい。部活なんてできる筈もない。誰もいない部室…こんなことなら天気予報をちゃんと見ておくんだった…。
雨…この天気が今の自分の心のような気がした。悪いのは自分だ。それを我心のせいにして…。アイツは俺を止めようとしていたのに。それを俺は聞かないで…あとで我心に謝るべきか?あとっていつ?…能力を消してもらうときでいいか。謝るなんて俺の性分じゃない分、恥ずかしいし。でもその恥ずかしさよりも、謝りたいという気持ちの方が強い。会って謝りたい。なんで俺はあんなに我心を責めたんだ?
我心を悪く決めつけていた自分と、それにイラつく自分。心の中が狂ったシグナルのように、色を放ったり消えたりする。
この天気のように、なんとか隠そうと、なんとか紛らわそうと…表面上は笑っても、心の片隅はこの雨のように、強く激しい感情が渦巻いている。「やめろ」と…そう言っているようで。
空を仰ぐ。
天気を晴らすには…心を晴らすにはどうすればいい?嫌な天気だと思いたくない。それは自分の嫌な心を永久放置してしまうことになるから。走れないなんて諦めつけるようにはなりたくない。それは謝ることさえもできない臆病者になることになるから。
だから走りたい。この天気が自分の心なら、それを超えたい。どんな場所でもいい。どんな環境でもいい。だから、この力強い蹴りで大地を踏みしめたい。勢いよく駆ける。今までにない走り。きっと先輩と走ったときよりずっと速くなっている。雨が目に入り、景色がぼやける。それでも良かった。地の心地良い感触さえあれば。




