盤外の魔銃士〜十三番目の魔王と契約したので世界を処刑したいと思います〜【短編版】
紅々に滾る炎が絢爛な大広間を喰らい尽くす。
梁は悲鳴のような音を立てて砕け落ち、毛立ちの良い異国情緒溢れる赤絨毯は暖炉の薪のように燃え盛る。
そこはまさしく煙立つ城。
攻められ、破られ、もはや陥落せんとする有様であった。
「閣下。残念ですな……貴公が"あの品"を渡さぬせいで、斯様な強硬手段に出ざるを得なくなった」
カツカツと靴音を立てて近づく影の数。
1点の漏れもなく、それは正確に12つ在った。その中より、声を上げたのは影たちを先導するひとりの男……銀の甲冑を纏った、若々しく精悍な金髪の騎士である。
「歴史の闇に封じられたものを、今更歴史の表舞台に出すなどと……出来るものか」
城の玉座に座る壮年の君主は、追い詰められてもなお爛々とした双眸を光らせる。その手に携えられし、金鍔の古びた長剣の刃からは鈍く鋭い殺気が香っていた。
「ほぉ……それは我々に対する皮肉、ですかな?君主どの」
若騎士の後ろから進み出るように現れたのは、深青の外套をまとった妖艶な美女……一方でその口調は、どこか老いた翁を感じさせる仕草である。
「無論、そのつもりだ。本来それらは、解放されるべきではなかった。"十二賢人"が封じたその日から、我が祖が封じたその日から、深淵の底より出すものではなかったのだぞ!!」
壮年の君主は叫ぶ。
悲痛を感じさせる慟哭を含ませた声と共に。
「騎士どの……まことに不躾なのは存じ上げますが、ワタクシが葬送を行えましたら、と」
「ヴェルノワール。まぁ……キミなら適任だろう」
若騎士が名を呼んだ男は、両手に華美という言葉以上に異常な領の装飾が刻まれた大鎌を構えていた。
刃は波刃、柄は絡み合った銀の蔦の如し様相で、おおよそ常人の扱う品ではない。
「それでは君主どの、いえ……勇者公。生まれながらの罪と共にを再び輪廻の転回に捧げるが宜しい」
「ただでは、死なぬッ!」
鎌と剣が交差する。
火花が散り、互いに鍔迫り合いを続ける。ただ、壮年の君主、勇者公は理解できていた―――この戦いが、児戯に過ぎぬのだと。
「公よ、貴方様程なら能く能くご存知でしょう。我々、"魔装使い"は同類による攻撃でしか死なぬと」
ガィィィンッ!!と鋼のかち合う音を鈍重に響かせ、互いの斬撃の線が次第に多く重なっていく。
「ハァ、ハァ……だから、おとなしく死ねと?仮初の長寿、欺瞞の不死を得た愚者に、屈しろというのか!!!」
「其れが貴公の罪〈偽証〉なのですよ。私は神より遣われし――否、この世界より遣われし執行人……罪あるものに形を与え、罪なき世界を体現すべき事象なのです。ゆえに、あなたの言葉はただの偽証に過ぎません」
君主は滝のような汗を流す一方、処刑者は汗一つかかず、ただ己の顔を覆う仮面の下から讒言をいくつも繰り返す。それの終わりが死へのカウントダウンであると示すように。
「力に溺れた愚者が……世界の裁定者を語るなどと!!!」
刹那、大鎌の波刃が剣の鋼刃をバターのように切裂き―――公の頸を両断した。
ごとん、と重たい音が響く。
血がプシャ、と間欠泉のように噴き出す。それを12の影は何の感情も見せずに眺めていた。
「罪がまた一つ、この世界から消えました……」
「ありがとう。さて、これでこの城の全員は浄化できたかな?」
若騎士の言葉に対し、後ろより何か歩み出る足音が響く。そこには、先程の老練な話し方をする美女が立っていた。
「いえ、どうやらあと二人……残っているようですな」
美女が杖先を床に軽くとんとんと叩けば、広間を覆う円の波が浮かぶ。殆どは凪いでいたが、一方向だけ激しく山なりに伸びている。
「あぁなるほど、例の双子か。子を手に掛けるのは少し嘆かわしいが……ヴェルノワール、お願いできるかい?」
「えぇ、えぇ……もちろん。罪をなくすための処刑は、必要ですので」
回廊を走る音が響く。
ひとりは灰金の髪を揺らす黒眼の青年、もうひとりは同じ髪をした銀眼の少女。
互いに手をつなぎながら終わりの見えない地下へ向かう階段を降りていた。
(なぜ、なぜこんなことに!!)
僕は、ひとりそう思っていた。
妹……アリシアの手を引き、錆びた血の味がする呼吸と共に、ひたすらに階段を降りる。
『地下に向かえ』……そう、父の言葉を脳裏に反芻しながら。
「兄上、なぜこのようなことになってしまわれたのですか。みんな、みんな……なんで、こんなことに……」
アリシアの悲痛な声が空間をこだまする。
使用人たちの無残な最期、叔父や伯母たちが炎に飲まれ斃れていく姿、生まれてから育つまでに見てきた城が呆気なく燃え落ちる景色……全て、お互いにたえきれるものではなかった。
「アリシア、地下へ……地下へ行こう。そうすれば、きっと……父上のおっしゃるように、なにかあるはずだ」
だが、逃げるしかない。
逃げるしかないのだ。
そう妹を宥めながらも、しかし僕自身は何も見当がつかない。このままあの襲撃者たちにあっさりと殺されてしまうのではないかと、そういう悪い想像がどうしても絶えなかった。
「ハァ、ハァ……あれ、兄上……これは……?」
とたんに、アリシアの足が止まる。
気づけば、そこは円状の広間が広がっていた。光はぼんやりとした魔力苔から放たれるものだけで、中央にはなにか筒のようなものが台座に鎮座している。
「此処は……一体……?」
『随分と貧相な来客ですこと』
刹那、女の声が響いた。
「だ、誰だ!!」
僕は思わず腰につけていた小剣を引き抜く。
しかし、誰もいない。
「兄上、この声は一体――」
『あら、無礼ですわ。まずは剣を仕舞われては如何かしら?』
瞬間、小剣が手から落ちる。
力を抜いたわけではない、しかしひとりでに落ちたのだ。
「……貴女は、一体誰なの?」
『一言で言うのなら■■……あぁ、この姿では言えないのでしたわね。まぁ、その台座に置かれている筒……〈魔銃〉が仮初の私でしてよ』
僕は、改めて筒の置かれていた台座をよく見る。
そこにあるのは一見クロスボウによく似た、しかし弓や弦のない異質な筒……握り手の斜め上には小さな樽のようなものが嵌っており、見たことのない姿を醸していた。
「ま……じゅう……?」
『まぁ、知らなくて無理もありませんわ。この世界からは消された武器ですもの。さて……見たところ、何かに追われているのかしら?』
「そ。そうなのです。父はここに行けとおっしゃっていました。魔銃様が、私たちを助けてくださるのですか?」
「アリシア、やめるんだ。あんな得体のしれないもの、なにがあるか……!」
しかし僕の声を遮るように、"魔銃"の重圧がこの空間一面に満たされた。思わず、膝をついてしまう。
『ははあ、そう。あなたたち、あの男の末裔でしたの? 確かにその髪色、よく似ていますわ』
台座に置かれた魔銃から、得体のしれない魔力が放たれる。それにはけっして、触れてはいけない殺気が満ちていた。
『いいでしょう。契約してあげますわ……ただし、どちらかの魂を私に捧げなさい』
「なんだと……?」
「魂を、ですか?」
魔銃は言葉を続ける。
魔力が更に力を強めていた。
『えぇ。代償なき契約などあり得ませんことよ。双子もろとも死ぬか、それともどちらかが生き残るか……』
「―――僕が「私が捧げます」
己の声より先に、アリシアが動いていた。
立ち上がり、確固たる顔で。
「私が捧げます。兄上を助けてください」
「アリシア、やめるんだ!!」
思う限りの声で叫ぶ。
なぜ妹が兄より先に逝こうとするんだ、なぜ!!
『魂を捧げるというのは生半可なことではありませんわ。それでもよくって?』
「違う!!アリシアではなく僕を!!僕の魂を!!!」
「はい、かまいません。兄上が助かるのならば、それで」
『良いでしょう。契約成立ですわ』
「僕が、僕が了承してない!アリシアを……アリシアを連れて行かないでくれ!!」
母上まで失って。
父上まで残してきて。アリシアも守れないなんて、そんなことは………そんなことは!!
『契約は既に成立していましてよ。貴方は私に膝をつき、彼女は私に魂を捧げた。……では、最後に何かあるかしら』
アリシアに向けて、魔銃がそう言う。
やめろ……やめてくれ……。
「兄上」
アリシアの声がこちらに向く。
「生きてください」
その笑顔は、儚くて、とても……可憐に輝いていた。
「フム、ここまで逃げおおせてきていたとは、想定外でしたねぇ。ともあれ、都合もいい。双子の罪を処刑し、"品"を回収してしまえば……」
ヴェルノワールの足が止まる。
その威圧感は、凡人のものではない。それは、違った。
「な……まさか……ッ!?」
ヴェルノワールの目前。
そこには白いドレスを傍らに携えながら、悍ましき力を放つ銃口を向ける―――ひとりの青年の姿があった。
「お前たちが来なければ。お前たちが襲わなければ、あの平和な日々は続いていた」
青年の声が響く。
灰金の髪が苔光にぼんやりと照らされながら、その下に揺らめく復讐に染まった双眸を強調していた。
「逃げは終わりだ。僕……いや、俺が、お前たちを一人残らず絶滅させてやる」
「よもや、目覚めたとは―――ならば、先手必勝ッ!!その大罪を、ここで失いなさい!!!!!!キヒャァァァッ!」
先刻の戦闘とは比べ物にならないほどの速度で青年の方へと突っ込むヴェルノワール。鎌を水平に振り抜き、その一撃は凡人ならば気づく間もなく仕留められていた。
「人の罪を数える前に、まずは己の罪を数えるんだな」
ヴェルノワールの一撃は叶わない。
獣が唸るような、或いは雷が落ちたかのような炸裂音と共に炎が魔銃から迸り――その一撃が螺旋を描き、処刑人の中枢を貫いたからだ。
「ァ゙アッ゙!!」
ヴェルノワールはまるで制動を掛けられたかのように目前で崩れ落ちる。手に持っていた鎌には赤い罅が入り、煙が立ち始める。
「ァ゙、ァ゙、ゥ゙ソだ………ぁ゙、そんな……ぁ゙、しにたく、ない………ぁ゙、ぁ……ぁぁ……」
青年の足にすがるヴェルノワール。
だが、命乞いに対する答えは銃口だった。
「俺の名はルウェリン。冥土の土産にくれてやる」
血染めの夜は明けていく。
だが、同時に復讐の薔薇が花を開いた。禁忌に封じられし、魔黑の花が咲いてしまったのだ。




