1話 愛さない宣言
大陸一の大国の皇帝の式なだけあって、それはもう豪華絢爛な結婚式だった。
――そんな結婚式を終えて迎えた、私にとって帝国での初めての夜。
皇帝であり、今宵から私の夫となる男性――リヴェン・イーベルニッヒは、告げた。
「――お前を愛することはない。だから、俺からの愛を望むな」
帝国イーベルニッヒの皇帝たる彼の結婚相手である、私――ビアンカ・ローゼン。
帝国に比べはるかに小さなローゼン王国の第三王女である私。
王国と帝国は、交易が全くないわけでも、反対に交易が盛んなわけでもない。つまり、人質を取る必要はない。
そして帝国は資源も豊かで、王国の所有する希少鉱山にも興味はない。
皇帝の婚姻という一度しか使えないが、これ以上ない政略に使える手札。
それを旨味のない小国の姫に使うなど、手札を溝に捨てるようなものだ。
それでも帝国がこの結婚を推し進めたのは、皇帝が望んだからだ。
王国に届いた書面には、ビアンカ・ローゼンを皇后として迎え入れたい、とたしかに皇帝の印璽と共に書かれていた。
――だからてっきり、私は望まれて嫁いだのかと、思っていた。
頭の中で、皇帝陛下の言葉を反芻する。
――俺からの愛を望むな。
確かに、目の前の皇帝陛下はそう言った。
……ふぅん、なるほど。そうであるならば――。
「かしこまりました」
微笑みを浮かべて、腰を折った。
「――っ!?」
息を呑む気配がして、顔をあげる。見開かれた青銀の瞳。開けたり閉じたりしている形のいい唇。
……皇帝陛下は明らかに狼狽していた。
「……?」
もしかして、私が泣くとでも思っていたのかしら。
あいにく、目の前の何も知らない男の愛を求めて流す涙は持ち合わせていないわ。
「ご安心ください。陛下からの愛は、求めません」
もう一度、微笑んで見せる。
「……そ、そうか。それならばいい」
皇帝陛下は頷くと、踵を返した。
そして、すたすたと皇帝夫妻共有の寝室から出て行――……。
「…………」
「?」
出て行かずに、立ち止まった。
……今夜は初夜。愛がなくても、私は皇后で彼は皇帝だ。
初夜は完遂すべきだ――と、思い至ったのかしら。
くるり、とこちらを振り向くと、高速で、私の目の前まで戻ってきた。
「帝国の夜は冷える。温かくして、眠った方が良い」
「ありがとうございます」
わざわざそれだけ告げて、今度こそ陛下は、寝室を出て行った。
◇
「……ふ」
天蓋付きの広いベッドに腰かけて、髪をかき上げる。
すると、髪に飾られていた生花の花びらが、一枚零れ落ちた。
淡い桃色の花びらは、私にとても似合っているに違いない。……そういえば、完成形を見ていなかったわ。
私が呼び鈴を鳴らすと、侍女のナナリーがやってきた。
「ナナリー」
「はい。……すでに」
ナナリーは私が指示を出す前に、大きな姿見を持ってきてくれた。
「…………」
滑らかな肌に、薄く色づいた頬。黄金よりも輝く、豊かな髪。そんな髪には、生花が飾られ、一層美しさを引き立てている。澄み渡る青空のような瞳。紅を引かずとも、バラ色に染まる唇。女性特有の豊かさを更に強調する扇情的な下着も、下品さは感じられず、芸術品のような美しさがあった。
「……美しいわね」
うっとりと、ため息を漏らす。
「はい。この世界中を探しても、ビアンカさま以上に美しい存在はいません」
「ええ、そうね」
ナナリーの言葉に強く頷く。
この世に私以上に、美しいひとなど存在しない。
「まぁ、皇帝陛下は私を愛すつもりはないそうだけれど――」
狼狽した顔を思いだし、くすりと笑う。
「その割には、慌てていたわね。私の神もひれ伏す美しさに恐れおののいたのかしら? ……まぁ、いいわ。私以上に私を愛せる人など、やはりいなかったわね」
お父様にこの婚姻について話されたときは、少しだけ期待をしたけれど。
他人に期待をして落胆するほど愚かなことはない。
一番に期待し、それに応えるのは私自身であるべきだ。
「わたしだって、ビアンカさまを敬愛しておりますが」
ナナリーが少し拗ねた様子で、鏡越しにわたしを見た。
「ええ、知っているわ」
微笑んで、ナナリーを見つめる。
「あなたは、可愛い私だけの侍女だもの」
……まぁ、この世で一番可愛く美しいのは、私だけど。
内心でそう付け加えながら、思案する。
それにしても、望んだ、と周囲に思われている皇后にわざわざ愛さない宣言をするのは、なぜなのかしら。
別に愛されないならそれで結構だけれども、皇后である以上、子は産まなければならないだろう。
でも、初夜を完遂しないことを鑑みるに、愛人の隠れ蓑にするために私を皇后に立てたという説が濃厚かしら。
それで、その愛人との子を王太子として育てる……とか?
となると、一番いい手は私に協力関係を申し出ることのはず。
力関係は圧倒的に帝国が上なのだから、私は断れないのだし。
そこまで、考えて閃いた。
私と陛下の婚姻は、陛下が望んだこと。
そして、この婚姻に帝国側の政治的旨みはない。
それなのに、婚姻を認めた……ということは、陛下の相手が誰でも結婚できたはずだ。
……となると。
愛人がいるとするならば、この帝国の法で結婚できない相手なのではないかしら。
この帝国の法で結婚できないとなると、同性もしくは既婚者だ。
しかし、既婚者となると、どっちの子か判別がつかなさそうだし、同性で子を産む方法は帝国では今のところない。
となると、初夜は完遂すべきだ。
私は神もひれ伏す美の化身とはいえ、さすがに一人では子を産めない。
一人で子が産めたらそれこそ、本物の神になれるもの。
……話が脱線してしまった。
そんなこともわからないほど愚かな男が帝位につけるほど、帝国は甘くはなさそう、と思っていたが。
案外、ゆるふわなのかもしれない。
それならそれでこちらとしては好都合だわ。
「ナナリー」
すっと手を差し出すと、ナナリーは私にガウンを羽織らせた後、ペンと紙を渡してくれた。
「……さてと」
紙に浮かんだ想像を書き出す。
「今夜は寝かさないわよ。ナナリー、覚悟なさい」
「我が主の御心のままに」
ーー朝日を迎えた後。
一眠りをしようかとシーツに身を沈めかけたとき、ノックの音がした。
ノックされたのは、陛下の居室側の扉だ。
初夜を済ませた風を装うつもりかしら。
疑問に思っていると、陛下が入ってきた。
「……おはよう」
その瞳は覇気がなく、明らかに眠れていない人の顔だった。
「おはようございます」
挨拶を返すと、うん、と陛下は頷いた。
よほど眠かったのだろうけれど、無防備すぎる返事に思わず、瞬きする。
すると私の顔を見て、はっと陛下は目を見開いた。
「……俺は、お前を愛することはない!」
「存じております」
間髪入れず頷くと、陛下は一瞬唇を震わせた。
「……それならばいい」
良いと言う割は元気がないのね。
愛人と喧嘩でもしたのかしら。
「はい。ところで、陛下」
微笑んで、陛下を見つめる。
「こちらで一度、お眠りになられては? 失礼ながら、体調が優れておられないご様子ですもの。私は与えられた部屋に戻りますので、どうぞお寛ぎなさってください」
昨夜は盛り上がりすぎて、お肌の黄金時間を逃してしまったので、1分1秒でも早く私も自室で眠って回復しよう。
ええ、それがいいわ。
「ーー……まっ」
なにか陛下が言いかけた気もするけれど、さっさと皇后側の扉から自室に入る。
さすが、皇后なだけあって、豪華な部屋だった。調度品もため息が出るほど素晴らしい。でも、それらをじっくり観察する前に、ベッドに直行し、布団に潜り込む。
ふわふわな布団は私を包み込み、すぐに夢の世界へと誘った。
◇
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