表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

【物語】武田勇気、古書『孫子』の付喪神・スンズーと出会う

 武田勇気は、中学3年生のやさしくて、おとなしい女の子だった。


 一見すると、どこにでもいる女子中学生なのだが、勇気は思春期という多感な時期を、底知れない生きづらさの中で過ごしていた。未診断の発達障害のせいだ。


 勇気は周囲が「普通」にこなすことが、どうしてもできない。


 勉強は、幸いにして文字は読めるが、数学がまったく意味不明で、成績が伸び悩む。


 スポーツも運動神経が悪く、飛んでくるボールをキャッチできたことすらない。


 コミュ障のせいで、察するのが苦手。なので、クラスメイトとも、上手につきあえない。


 ただ、勇気は、努力家だった。健気けなげにも、できないことをできるようになろうと、勇気なりに頑張ってはいた。それでも、できないものは、できない。


(ワタシは、どうして、みんながわかることが、わからないのだろう? どうして、みんなにできることが、できないのだろう? でも、がんばっていれば、きっとわかるし、できるよね)


 勇気はそう信じていた。でも、現実は残酷だ。


 そもそも脳の構造からして、できないようになっているのだから、一生できない。しいて言うなら、魚なのに地上で全力疾走しようとするようなものだった。


 しかし、勇気の周囲には、理解してくれる大人がいなかった。


「努力不足だから、できないんだ」


「なまけているから、できないんだ」


 小学生のころから、何度ともなく言われてきた言葉だ。


 当時はそれが障害のせいだとは、だれにも分からなかった。本人も分かっていない。


 もちろん、今でも親が「勇気は健常者だ」と信じこんでいるので、発達障害かどうか、調べようもなかった。


 そもそも世間体を気にする母親からしてみれば、わが子が『障害者』であることは、自分自身の人生の失敗を突きつけられるようなものだった。苦労してまで『障害者』を産んでしまった自分を、どうしても認めたくなかったのだ。


 ただ、勇気には才能があった。精巧な模型を作りあげたり、精細な絵画を描きあげたり。それに取り組む際の集中力も抜群だった。コンクールで入賞したことも何回かある。


 しかし、そんなことができても、テストの成績がのびるわけでもない。スポーツが上手になるわけでもない。人づきあいがうまくなるわけでもない。


 だから、親から言われた。


「そんな役立たないこと、やめなさい。将来、大企業や公務員に就職するためには、それなりの学力や学歴が必要なのよ。そんな道楽みたいなことより、みんなと同じようにがんばりなさい」


 勇気にできることは、価値のないものとして扱われてしまった。


 これには、さすがの勇気も傷ついたが、きわめつけは優等生の弟、勇太からの言葉。


「こんなダメ人間が、おれの姉だなんて、恥ずかしい。どうせ、将来はのたれ死ぬだけだろ?」


 そこに、家族の情愛など、微塵も存在しなかった。


 勇太は勉強もできるし、スポーツもできる。コミュ力もあって、友だちも多い。勇気とは正反対だった。


 勇気はやさしいので、


(やっぱり、ワタシみたいな姉がいると、友だちからからかわれたりして、つらいんだろうな。ごめんね、勇太、ダメなおねえちゃんで……。そういえば、おまえなんか姉でもなんでもないって言われたんだっけ……。単なる同居人だったかな……。むかしはかわいかったのに、なんかごめんね)


 弟からひどいことを言われながらも、なんとなく状況がわかってはいたので、申し訳なく感じていた。勇気は自分のことをまるで他人事みたいに冷めた目で見ることだけは得意だった。学校のパソコンでAIに聞いたら、メタ認知って言うらしいとわかった。


 夜が来れば、逃れられない自己嫌悪が布団の中にまで、はいよってくる。母の嘆く声が幻聴のように響き、勇太のさげすむ目が幻覚のように暗闇の中に浮かびあがる。勇気はふるえる体で、ただ自分の存在を謝り続けるしかなかった。


「生きていて、ごめんなさい……」


 勇気は、家でも、学校でも、ダメ出しされるばかりだったので、すっかり自己肯定感情を失っていた。学習性無力感にとらわれてしまっていた。本気で「ワタシはダメ人間だ」と思いこんでしまっていた。


 そんな勇気がたどり着く先は、いつも今は亡き祖父が残した古い書庫だった。重い扉の先にある静寂だけが、彼女をやさしくつつみこんでくれる。


(これらの古書を後世にひきついでいくのが、わが武田家代々の使命みたいなものだんだよって、おじいちゃんがよく言ってたけど、よくわからないな。でも、古い本の香りって、おちつくな。おじいちゃんのことを思い出すからかな)


 ある日のこと、いつものように書斎の静寂へ逃げこんだ勇気は、棚に並ぶ多くの古書のうち、ある一冊が気になった。それが勇気の運命を変える『孫子』との出会いだった。


 なにげなく手にとり、ページをめくった瞬間、紙面から白い煙があふれ出し、一人の少女のような姿が浮かび上がる。


 軍服を身にまとい、不敵な笑みを浮かべていた。


「えっ、だ、だれ!?」


 驚き戸惑う勇気に対し、


「おお! 信正のぶまさの孫娘よ、はじめまして、だね。ボクの名前はスンズー。『孫子』の付喪神つくもがみさ」


 スンズーは、呆然ぼうぜんとする勇気に、まっすぐな視線を向け、


「おまえさぁ、つらいんならボクを学びなよ。つらさという敵から身を守るといい」


 それから、スンズーは、かつてこの書庫の主であった亡き祖父、武田信正との約束を語り始めた。


 死の間際、病床に伏していた信正は、スンズーに一つの願いを託していた。


「心残りと言えば、勇気のことか……」


 だれにも理解されず、それでも健気けなげにがんばり、一人で必死に耐えている孫娘。信正は、勇気の心が負けてしまうことをなによりも、だれよりも案じていた。


 スンズーは傲岸不遜ごうがんふそんな態度ながらも、温かい口調で、


「つまりさ、勇気が負けないようにしてほしいんだね? いいよ。まず負けないようにする、それが孫子の兵法だからね」


  祖父はスンズーの言葉に安心したように微笑み、


「そうか。引き受けてくれるか。ありがとう」


 それからしばらくして永眠したのだという。


 スンズーの話を黙って聞いていた勇気の目からは、いつのまにやら大粒の涙がこぼれ落ちていた。スンズーは驚き、


「……って、ええっ!? なに泣いてんだよ!?」


 勇気はあふれる涙をぬぐいながら、声をふるわせ、


「あ、いや……、がんばっている、なんて言ってもらえたの、はじめてだったから……。なんかうれしくて……」


 おじいちゃんがわかってくれていたという事実。それは勇気のかわいた心を潤してくれる、まさに干天の慈雨だった。


 勇気は涙でぬれた顔でほほ笑みながら、スンズーをまっすぐに見つめ、


「なんか、泣いちゃって、ごめんね」


「感動の涙ならばよし。というわけで、信正の遺言だ。勇気には学んでもらうぞ」


「うん。よくわからないけれど、よろしくね、スンズー」


1.勇気の悩み


挿絵(By みてみん)


2.出会い


挿絵(By みてみん)


3.回想


挿絵(By みてみん)


4.負けない強さをめざして


挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ