中盤のまとめ
激しい雨音が、生徒たちの焦燥感をあおるようにアスファルトや、バス停の屋根をたたきつけていた。
一人の男子生徒がいらだちをあらわにして地面をけりながら、
「くそっ……! 渋滞、全っ然動かねー!」
その隣で、スマートフォンを見ていた男子生徒が、ため息交じりに、
「先生からの連絡じゃ、『待機』しといてだって」
「あーあ……行けなかったら、せっかくの練習がムダになるじゃん!」
楽しみにしていた幼稚園での慰問の道が閉ざされかけ、生徒たちの間に重苦しい空気が漂っていた。
その集団の片隅で、勇気は電光掲示板の「事故渋滞」という赤い文字を見上げていた。
(行軍篇の教えでは、物事の兆候を観察するんだっけ……)
勇気はまず、状況を冷静に観察した。ただの混雑ではない。事故だ。
(先生の指示は『待機』だけど……このまま従っていたら、今年も中止ってことになるよね。でも、そうなってほしくないし……)
勇気の脳裏に、去年の苦い記憶と葛藤が浮かぶ。現場の判断で動くべきか?
(たしか九変篇には、君命も従わざる所ありって……)
主君(先生)の命令であっても、現場の状況によっては従わない判断が必要なこともある。勇気の心が少し定まった。
彼女は視線を道路に戻した。車列は完全に止まっている。
(これだけ渋滞してたら、事故処理がすんでもそう簡単には動かないだろうな)
車道は「実=いっぱい」で、完全に死んでいる。ならば――。
勇気はふと、その脇にある歩道に目を向けた。雨に打たれているが、そこは誰も歩いておらず、ガラ空きだ。からっぽ=虚だ。
(虚実篇で言う、実を避けて虚を撃つわけだけど……、やっぱりみんな、1時間以上も歩きたくないのかな?)
勇気には、みんなの気持ちがよくわからない。
迷う勇気の横に、ふわりと『孫子』の付喪神・スンズーが現れ、耳打ちした。
「みんなも、これまでの努力が水のあわになるのはイヤだろうからさ。行きたいっていう気持ちがくすぶっているんじゃないか?」
スンズーの言葉に、勇気はハッとした。
(そうか……みんな待機が当然と思い込んでいるけど、本当は行きたがっている)
それなら、そのつのる思いがあふれだせるように「ありの一穴」をうがてば、一気に「行きたい」気持ちがあふれだして、流れも定まる。
(そういうことなら、ルートを開いてやれば、一気に流れる? 兵勢篇の教えだっけ? そうと決まれば、スマホで……)
勇気は素早く地図アプリを操作し、検索したルートをクラスのグループLINEに送信した。
「ん? 勇気からのメール」
通知音に気づいたリーダー格の男子が画面をのぞきこむ。
「なになに、歩くと遠いけど、商店街ルートなら少しは雨も避けられて、ギリ間に合うかも、か。……いいじゃん!」
解決策を見つけた彼は、即座に顔を上げ、みんなに向かって叫んだ。
「みんな、指示無視でも歩いて行こうぜ! 大変だけど、歩けない距離じゃない。これまでの努力をふいにしたくないだろ?」
彼の号令で、
「それな、歩くよ!」
堰を切ったように生徒たちが動き出した。みんなの「行きたい」という気持ちが一つの流れになったのだ。
雨の中を歩き出した列の後ろで、スンズーが満足そうにうなずく。
「なるほど、シメは軍争篇の迂直の計か。一見すると損な遠回りを、勝利のための近道に変える。それにしても、いろんな兵法をうまく使えるようになってきたじゃん」
勇気は傘の下で、少し照れくさそうに笑った。
「うん。スンズーのおかげだよ。兵法を使えば、コミュ障のワタシでも人を動かせるんだね。ありがとう」




