序盤のまとめ
放課後の中学校、職員室前の廊下。美しい夕焼けがさしこみ、すべてを幻想的に赤く染めていた。
「失礼します」
勇気は顔をひきつらせながら、職員室を出た。
(……スンズー、どうしよう。先生から発表会のリーダーを頼まれちゃった。ワタシにリーダーなんて、絶対に無理だよ)
心の中で呼びかけると、古書の付喪神・スンズーがふわりと姿を現した。彼女は腕を組み、不敵な笑みを浮かべて勇気を見ていた。
(聞いてたよ。で、どうする?)
(どうするも、こうするも、ないよ。わたしには無理だもの)
(それを兵法で言ってみたら、どうなる?)
(兵法で……? えっと、たとえば「始計」だけど、そもそもワタシにはリーダーシップなんてないから、「将」がない。勝ち目なんてないと思う)
(なるほど。で、勇気は断らなかったけれど、このままリーダーをしたら、どうなる? 兵法で考えてみろ)
(そんなの決まってるじゃん。リーダーなんて性にあわないことをしたら、ストレスで心のエネルギーを使いつくして、おしまいだよ。まんま「作戦」だよ。成功の未来なんて見えないよ。……どうしよう?)
(だったら、断ればいいじゃん)
スンズーがイタズラっぽくニヤニヤしながら言うと、勇気は不満そうに、
(スンズーったら、他人事だよね。ワタシがこんなに困ってるのにさ。――そもそも断っても、許してくれないよ)
(ん? どうして?)
(だって、たぶん先生は、ワタシが陰キャだから、少しでもワタシを積極的にさせようと思って、リーダーの役割を与えたんだと思う。そんな教育としてやってることを、イヤですって言っても、やめさせてはくれないよ……)
(ほう、他人を知ることができてんじゃん。謀攻の教えもマスターできてるな)
(それはどうかはわからないけどさ、とにかくどうしたらいいかな?)
(それは自分で考えるんだ。これまで教えた中にヒントがある)
これまで教えてもらったことと言えば、始計、作戦、謀攻、軍形の4篇だ。そこにヒントがあると言うのなら、
(わかった。考えてみる)
勇気はすなおに答え、教室に戻って荷物をカバンにつめこむと、そのまま帰路についた。
勇気は歩きながら必死になってスンズーに教わったことを思い出しながら、難しい顔をして解決策を考えていた。
スンズーはと言うと、そんな勇気を楽しそうに眺めながら、隣を歩いていた。
スンズーが見ていると、勇気の顔もだんだんやわらいていくように見えた。なにか解決の糸口でも見つけたのだろう。
帰宅後、夕食をすませた勇気は、自室のデスクに向かいながら、ペンタブレットを握った。その顔は自身に満ちた笑顔だった。
「スンズー、思いついたよ」
勇気はうれしそうに言った。まわりにだれもいないときは、声に出してスンズーと話す。
「それは楽しみだ。で、どんなふうに考えた?」
「えっとね、勝ち目がないなら、身を守ることが先決だって軍形の教えにあるから、積水が大事かなって。とにかく実力を蓄えるわけだけど、ワタシの場合、それはお絵描き練習かなって思うんだ」
「ほう、それで、なにをたくらんだ?」
スンズーがニヤリとすると、勇気もニヤリと笑って見せ、
「先生にね、リーダーのかわりに、発表会の掲示物作成を全力でやりたいって提案してみる。それならワタシも積極性を示せるし、クラスにとってもプラスになるから、先生も納得してくれるはず……!」
「いいじゃん。じゃあ、さっそく明日は、先生に凸だな」
「あ、それなんだけど、ワタシってコミュ症だから、先生にじかに頼むのって、頼みにくいかなって……」
「ん? それで?」
「うん、それでね、これも軍形の教えだけど、勝ちやすい戦い方をしようかなって。具体的には、じかに話すのは苦手だから、メールで伝えようかなって思う」
「なるほど、考えたな。えらいじゃん、勇気」
「へへ、ありがとう。――じゃあ、さっそくメールするね」
勇気はスマホを手に取り、すらすらと文章を入力すると、いったん文面を見直し、勇気を出して送信を押した。
勇気がドキドキしながら、先生からの返信を待っていると、通知音が鳴った。
『いいわね、楽しみ! がんばって! だったらリーダーは別の子にお願いするわね』
「やった! 成功だ!」
勇気は思わず声をあげた。
「やったじゃん、勇気!」
スンズーが隣でうれしそうに手を軽く上げると、勇気はその手にパチンとハイタッチして、
「うん! スンズー、ありがとう! スンズーのおかげだよ。これからも兵法を教えてね」




