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一秒の沈黙

返事をする前に、少しだけ黙る癖がある。

その一秒の間に、俺は何年も生きている。

世界が止まる空白で人生を何度もやり直し、

必要な分の「考える時間」を人に分け与える能力。

それは救いにもなり、呪いにもなる。

白と黒の空間を抱えたまま、

俺は今日も、一言を選び続ける。

返事をする前に黙る癖がある、とよく言われる。

 自分では無意識だ。相手の言葉が終わってから、ほんの一瞬、間が空く。それだけだ。

「……考えてます?」

 向かいに座る佐倉が、困ったように笑った。

 会社の休憩室。昼休みの終わり際で、周囲はもう静かだった。

「ごめん。今、整理してた」

 嘘ではない。

 ただし、その整理にかかる時間は、他人の想像とは違う。

「やっぱり、転職しようと思ってて」

 軽く言ったつもりなんだろう。

 でも、軽い言葉ほど危うい。

 その瞬間、世界が止まった。

音が消え、空気が凍る。

 佐倉の表情だけが、途中で切り取られた写真みたいに固定される。

 ——大丈夫。

 白い空間に、僕は立っていた。

 地平線も天井もない。

 影も、音もない、完全な白。

 ここでは、時間はいくらでも使える。

辞めた未来。

 残った未来。

 後悔する未来。

 納得する未来。

 何百通りもの選択を、何年分も生きる。

 佐倉は泣き、笑い、疲れ果て、また立ち上がる。

 白の中で、僕は十年を使った。

 それでも答えは一つにならなかった。

 だから選ぶ。

一番、壊れにくい言葉を。

 現実に戻る。

「……佐倉は、ちゃんと考えてると思う」

 自分の声が、少し低く聞こえた。

「今すぐ決めなくてもいい。

 辞めても、残っても、間違いじゃない」

 佐倉は目を丸くしたあと、息を吐いた。

「即答しないんですね」

「即答できるほど、単純じゃないから」

 彼女は少し黙ってから、笑った。

「不思議な人ですよね。

 でも……安心します」

 その言葉に、胸の奥がわずかに痛む。

 白で見た未来の中に、

 彼女が笑わない結末もあったからだ。

 帰りの駅で、佐倉が言った。

「また、迷ったら話聞いてくれます?」

「もちろん」

 即答だった。

 電車に乗り込む彼女を見送りながら思う。

 ——今日、渡した時間は十年。

 でも次は、白だけで足りるだろうか。

 僕の中には、同じだけの黒がある。

 それを使う日が来ないことを祈りながら、

 次の一秒に備えて、僕はまた少しだけ黙る。

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