Men's Santa Claus
今度の正月は四人で迎えることが出来る。そう思うと嬉しくて、一年の垢落としにも精が出る。この三年の寂しい諸々をすべて綺麗に落とさなくては。
「ほら、夢人。逃げないで。ちゃんと背中も洗ってやる」
すっかりおしゃまになった理女は、もう俺と風呂には入らないらしい。
『パパ、えっちぃ』
という言葉には、冗談抜きで涙が出た。
「ねえ、お父さんのところにはサンタさん、来てくれた?」
思わず彼の背を流す手が止まる。初めて“パパ”ではなく“お父さん”と呼ばれてしまった。
「おう。それもとびきりカワユイ、修行中の、子供のサンタクロースだった」
いつの間にか大きくなっていた背をまた流しながらそう答えた。
「僕よりかわいいとか思った?」
「お前と理女は別格だ」
「べっかく?」
「特別、って意味。比べられた方は、常にお前達に蹴落とされる」
少し照れ臭かったのだが、この三年分の思いをまとめて夢人に押しつけた。
「解るか? 特別の別に、格上の格って書くんだ。格上ってのはだな」
「うん、もういいよ、それは。聞いてる方が恥ずかしいからさ、コバナレしてよ、もうそろそろ」
なんて、きっとそれは依子の受け売りだろう。発音が微妙におかしいところをみると、意味をきっと解ってない。息子の成長を間近に見る。そんな当たり前のことが当たり前じゃない、と教えてくれたのは。
(夢人、俺のサンタクロースはお前だよ)
喧嘩して、涙を流させ、申し訳なかったと思うけど。その事件が依子と再び会わせてくれた。夢人がくれた、目に見えない何よりの贈りもの。
「あ、そんでさっきの話だけど」
と夢人がサンタの話に戻したので、俺のそんな感傷もまたしばしお預けになった。
「やっぱ本当なんだ。サンタさんって本当はたくさんいるんだ、って話」
それは依子と示し合わせた話。サンタクロース協会のサイトを見せて、大勢のサンタが集まる集会写真の画像を見せた。あの時のキラキラした子供達の瞳は、生涯忘れやしないだろう。
夢人は「信じる人にしか見えないって本当なんだね」と言って、クリスマスの出来事を話してくれた。
「そうか。夢人のところに来てくれたのは、“意外と”若いサンタだったのか」
「でもさ、来年のクリスマスプレゼント、僕焦っちゃってもう頼んじゃったんだよね。どうしよう」
しらばっくれて聞いてみる。
「どうしよう、って、もう要らなくなったのか? 何をサンタに頼んだんだ?」
口ごもる。もう半分大人なのだな、としみじみ十歳という年齢を思う。甘えたい、けれど恥ずかしい。夢人の中に、そんな思春期の始めを見た。
「じゃあ、そのプレゼントがもしもらえたら、ママへのプレゼントと交換してもらう、ってのはどうだ? ママには、夢人の欲しいものを来年サンタに頼んでもらえばいいじゃないか」
「ナイス! さすがパパ!」
もう“パパ”に戻っているし。まったく、難しい年頃だ。こっそり笑いを噛み殺す。
「そういえばさ、サンタがいるかいないか、ってクラスで喧嘩になったんだけどね。その時、石山が言ってたんだ」
――『サンタがママにキスをした』って歌、あれはお父さんを指してるんだぜ、だって。
「パパは、どう思う?」
振り返る夢人の笑みは、大人顔負けの含みを持っていた。
「ママ、ずっと怒っていたんだよ。ちょっとおばあちゃんちで泊まってこらしめようとしただけなのに、パパったら本当に出て行ったきり帰って来ないんだから、って」
ねえ、意地っ張りってなあに、と知っていながら訊く夢人の意地の悪さは、絶対依子譲りだと思うんだ。
「……来年のプレゼントは、ママに願ってもらうんじゃなく、サンタのお任せコースに変える、って言いたいんだな?」
うんっ、という元気な声は、遠い昔の自分が発したそれとよく似たやんちゃなものだった。
僕は知っている。サンタクロースの正体が、本当はパパなんだ、っていうことを。
いつも理女に取られちゃうパパなんだけど、この日だけは、プレゼントを見るときだけは、パパは僕のこともちゃあんと見ていてくれる、僕のパパでもあるって思えるんだ。
石山が、言っていた。
『サンタの正体がばれた、っていうのがばれると、もうプレゼントもらえないんだぜ』
って。
それはちょっといやだから。
でももし。本当にサンタさんがいるのなら。目に見えないものをおねがいしたい。
(どうかパパが今度のクリスマスまでに、サンタさんの正体を僕が知っているってことを忘れちゃいますように)
窓の外、空に向かっておねがいする。今度のクリスマスまで、毎日まいにちおねがいしよう。だってもしかしてもしかすると、信じる子だけのところへサンタさんが来てくれるかも知れないんだから。
それが、僕の今年一番最初に決めた『今年のホウフ』っていうやつになった。