Boy's Santa Claus
僕は知っている。本当はサンタクロースなんかいないんだ、っていうことを。
僕は知っている。サンタクロースの正体が、本当はパパなんだ、っていうことを。
三年前、まだ僕が一年生のとき。パパとママは別々に住むことになった、とパパが電話で僕に言った。せっかく新しい家へ引っ越したばかりだったのに。せっかく理女が、初めて「パパ」「ママ」「にぃに」って呼んでくれるようになったばかりだったのに。パパはそれから本当に帰っては来なかった。
なんでか、なんてわからない。僕と理女とママはそれからあとも、ずっと一緒。だけどパパだけがひとりぼっち、なんだって。その理由もわからない。
ただひとつだけわかったことは。
その年のクリスマスから、サンタさんが僕のおねがいしたものとは違うプレゼントをくれるようになった、つまりサンタに僕のおねがいがわからなくなっちゃった、ってこと。
ざわざわしているこのごろの教室。話の中身は、クリスマスプレゼントのことでいっぱいだ。
「なあ、香椎。もうサンタさんにプレゼントは頼んだのか?」
秋人がいじわるな笑いを浮かべて、わざと僕に訊いて来た。
知っているくせに。去年さんざん僕が文句を言ってたのを聞いてたくせに。本当は仮面ライダー電王のベルトが欲しかったのに、ラジコンなんかだったんだ。ラジコンが欲しかった秋人は、
『いらないなら俺がもらう』
と言って、僕からそれを取り上げた。
「別に。どうせサンタなんていないし」
やつから目をそらしてランドセルを机に置く。おととしなんてプレゼント自体がなかったことまで思い出して、何だか気分がもっとずっと重くなってしまった。
「えー、お前知らねーの? 映画でも言ってたぜ。信じる子供のところにしかサンタさんは来ないんだぜ。今年もまたドボンなプレゼントなんじゃねえの」
秋人のやつ……すごい、ムカつく。
「うっさいなあ。サンタサンタって四年にもなっていつまでもガキみたいに。聞いてるこっちが恥ずかしいだろ」
『サンタはいない派』の石山が言ってた言葉をまねて言い返してやった。
「あんだと?! ガキとかガキが言ってるし」
お前にガキとか言われるほど、僕はぜんぜんガキじゃないし。
「サンタの正体って父親なんだぞ。そんなことも知らないのかよ」
ランドセルの中身を机の本箱へ片づけ、ランドセルを背負いがてらあごをくいと上げる。秋人を見下ろすポーズを取ってから言ってやった。
「考えてみなよ。子供が世界に何十万人いると思ってんだ。じいさんひとりがひと晩で配達、とかありっこないことだろ。四年生にもなったら気がつけよ」
「んだとコラァ!」
秋人の右ストレートが僕の頬へ思い切り入る。空手をやってる奴のパンチは、僕に目の前で踊る星を見せた。
「おー、ケンカか?」
「秋人と夢人かぁ」
「ジャイアン対出来杉の対決みてえ」
「ってか、めずらししくね? 香椎がケンカって」
周囲に男子が集まって来る。
「人ばかにしやがって。お前んちはビンボウだからサンタさんに見ててもらう為のカメラとか置いてないんだろ!」
秋人がころんだ僕の上にまたがった。
「誰が貧乏だ! 新築だ、家は!」
奴のお尻をひざ小僧でけり飛ばす。
「いって……っ。くそっ、お前なんか、家代の所為でいっつも地味な服しか買ってもらえてないじゃねえか」
痛くて僕の上からどいた秋人がまた腹の立つことを言い返して来た。
「マ……お母さんが大人っぽい服が好きで買って来るだけだっ」
「どーでもいいし。俺関係ないし」
もう我慢出来ない。やり返してやろうとしてグーを振り上げた瞬間、ほかの男子達にとめられた。
「おい、もうやめとけって。先生に見つかっちまう」
「ってか、お前ら何の話してんだよ」
会話があっちこっちへ変わっていく。ほかの男子達が口づたえで最初の原因を聞きかじる。
「サンタはいるんだぜ」
「えー、いないって家の兄ちゃんが言ってたよ」
「違うって。サンタってのはいい子供のところしか来ないから、来なかった家の親が自分の子どもひいきして、無理してプレゼント置いてやるんだって」
「あ、だから家は父さんが枕もとにいたんだ」
「え、見たの?」
「見たみた。今年はサンタへ手紙を出し忘れて、とか言い訳してた」
「うっそ!」
「え、でも俺んち、サンタからメッセージが届いたぜ? フィンランドから、ホンモノ」
「マジぃ?! しょうこは?」
「お、じゃあ今日、家へ来いよ。見せてやるよ。子供ナンバーってのも入ってるんだぜ」
「えーでもさ。俺は兄ちゃんから聞いたからサンタなんて信じないけどなあ。『サンタがママにキスをした』って歌、あれはお父さんを指してるんだぜ。CD聴いたもん。いない、がホントのとこじゃねえの?」
サンタ、サンタ、サンタ、サンタ――。
「うるさいんだよ……サンタサンタって、いちいち」
「あぁ?」
サンタなんか、本当はいない。
「もらえるだけいいだろ……」
サンタの正体は、パパだ。
「おい、止めろ夢人!」
はっとした時には、もう秋人をなぐり返していた。パパやママに、
『絶対しちゃいけない』
って言われていたのに。
――やり返したら、人間として負けだ。なぐり返すんじゃなく、正しいことを教えてやれ。
一年ずっと、サンタさんは夢人のおこないを、心の目で見てるから。
お腹が冷えて、ずん、と重くなった。秋人をなぐった。人に痛いことをしてしまった。
――僕はとうとう、“悪い子”になってしまった。
自分の部屋へ帰ると着替えもしないでベッドへもぐりこんだ。理女はまだ保育園から帰ってない。学校でケンカをしてしまったから、友達とも遊べない。よけいなことを考えなくて済む遊びが、見つからない……。
パパがいなくなってから、初めて落ち込んだ。パパがいないこと、っていうのを別にした“初めて”、っていうことだけど。
少ししてからママが仕事を早引けして帰って来た。
「夢人……ちょっと、いい?」
「……」
「サンタさんのことで、喧嘩になっちゃったんですってね」
「サンタの話なんか、今したくない! ほっといて!」
「夢人」
「ママ、ごめんなさい。でも、ちょっとだけひとりにして」
「あのね、ママね」
「おねがいっ。ひとりにしてっ」
「……お夕飯になったら呼ぶから、その時にはいらっしゃいね」
「……」
「夢人が話せる気分になるの、待ってるわね」
心の中で、ママに何度もゴメンナサイ、って謝るけれど。でもどこか自分だけが悪いんじゃないって思ってしまう。やっぱり僕は“悪い子”なのかな、と思うとまた涙が出て来てしまう。
ママがあれこれ聞いて来るのは、僕の心配をしてそうしちゃうんだって、わかってる。でも今の僕は、何も言わなくてもわかってくれるパパと話がしたいんだ。
サンタさんって本当はパパなんでしょう、とか。
なんで僕の欲しいものをいつも知ってるの、とか。
どうしておととしはプレゼントをくれなかったの、とか。
去年、急にラジコンになっちゃってつまんなかったんだ、って文句とか。
でも一番に言いたいのは。
「パパ……なんで帰って来なくなっちゃったの?」
ママは「その内帰って来るわよ」って言ったのに。
「ねえ、パパ。親がサンタさんへの伝言係って、本当?」
パパがサンタさんに、僕が悪い子になっちゃったんだ、って言ったの?
だからサンタさんは、おととし来てくれなかったの?
じゃあ、去年はどうして来てくれたの?
「わかんない……」
だれの話を信じたらいいのか、何が本当のことなのか。
そんなことを考えながら、僕はいつの間にか眠ってた。
ママには叱られなかった。学校で先生に叱っていただいたから、ママから言うことは何にもない、って。
ただ、ひとつだけきかれた。
「理女はサンタさんを信じているから見えているわよ。もしかしたら、夢人はサンタさんを信じてないの?」
黙ってこくりとうなずくと、ママは「そう」って、それだけ言ってご飯の用意をし始めた。
ママ、ごめん。仕事を早帰りさせちゃって。僕の所為で先生に謝らせちゃって。
そう思ったから、理女のわがままをいっぱい聞いて、いいお兄ちゃんをがんばった。
半分信じちゃいないけど、もしかしたらサンタさんが来てくれるかも、なんて。そんなことを考える僕は、やっぱり“悪い子”なのかも知れない。
二十五日の朝。
僕はサンタなんかいないってことを、いやってくらいに思い知らされた。
理女の枕元にはプレゼントがあるのに、僕の枕元にはそれがなかった。ママには黙っていた。ママにまで“悪い子”と思われたくなかったから。
「やだ、夢人。三十九度も熱がある」
ママは会社に電話を掛けようとしてたけど、僕が電話の受話器を取り上げたんだ。
「おととい早帰りさせちゃったばっかりだから、僕、ひとりでちゃんと留守番しとく」
ママの細い一直線な目が二倍に開く。
「な……に子供の癖に気を遣ってるのよ。ママなんだから、そんなの当たり前でしょ」
「でも、大丈夫。カッコ悪いじゃん。学童に通ってたとき、秀摩や村田とかも、お母さんが仕事から帰って来てから病院へ行ってたよ」
もう四年生だもん。だいじょうぶ。
「……本当に?」
「うん」
それに僕は理女のお兄ちゃんだしね、と笑って見せると、ママは
「年末は忙しいから、夢人が頼りになって助かるわ。何かあったらおばあちゃんにすぐ連絡しなさいね。おばあちゃんのお勤め先は、すぐ抜け出せるところだから」
とおばあちゃんの仕事場の電話番号を書いたメモを置いて出かけて行った。
変なの。一人になってしばらくしたら、熱が三十七度まで下がっていた。
「たいくつ」
でも、起きているといろんなものが動いちゃう。ママはそういうののチェックがすっごくきびしい。ちゃんと寝てなかった、って怒られるのがいやだったから、ベッドの中で頭からふとんをかぶった感じでこっそりゲームをやっていた。
――ガタン。
びくん、と思わず肩をゆらしてしまった。
(ど、どろぼう……?)
でも、こんな子供の部屋にどろぼうなんて入るのかな。
カラカラと静かにサッシの開く音。
「よいしょ」
なんだ、この変な高い声。
「え……、なんでいるんだ?」
「……ぷっ」
しまった! 変な声が面白過ぎて、笑っちゃったよ、ばれちゃったよ!
「夢人……クン、かな?」
「え?」
ふとんのすきまからベッドの外をのぞいてみたら、真っ赤な色が目に入った。
「うそ! マジ?!」
思わずがばっと飛び起きてしまう。だって、そりゃそうだよ。
「ご、ごめんね。昨夜はプレゼントが間に合わなくて」
マジックボイスみたいな変な声の人は、サンタの恰好をしてはいるけど、意外と若いおじさんっぽかった。
「ホンモノ?」
「もちろん。知らないのかい?」
――サンタってのは、人の名前じゃなくて、愛あるこの仕事の職種名なんだよ。
「サンタってのはね、本当の発音はセイント、というんだ。聖なる使いという意味で、その下に名前が」
「ん。もういいです」
この長い長い解説好きなところ、ものすごく僕の知ってる誰かさんに似てる。
「あ、ごめんごめん。はい、これ」
そう言って手渡されたのは、アメリカにも日本にもある思い切り有名なおもちゃメーカーの包装紙に包まれた大きな箱のプレゼントだった。ちょっと、ううん、かなりドキドキする。もしかして、もしかすると――。
「ママに、いただいたものをその場で開けるのは失礼だからいけません、って言われてるんです。でも僕、サンタさんの前で見たいです。開けたら僕は、“悪い子”ですか」
黒ぶちメガネの向こうの瞳がにんまりと笑っていたから、いいんだろう。口ひげがゆさゆさ揺れている。だからきっといいんだろう。笑ってこくりとしてくれたから、僕は“悪い子”じゃあ、ないんだ、きっと。
がさがさと包みを開ける。ママにばれるとマズいから、こっそりベッドの下へ先にそれを隠した。
「わ……ぁ、やったぁ!!」
もうテレビは終わってしまったけれど、僕が今でも大好きなヒーロー。
「電王ベルト、欲しかったんだ! サンタさん! ありがとう!」
思わず僕は抱きついた。
「よかった、よかった。喜んでもらえて。ん? ちょっと熱があるようだな」
心配そうに僕を見てくれる。それは昔ママがよく読んでくれた、そして今は理女のものになった、フィンランドに住むサンタさんの一日を語る童話のさし絵になってた緑の服を着たサンタさんとそっくりだった。
「ちょっと、熱が出ちゃって。でも、朝よりすごく下がったんだ」
「ママはどうしたんだい?」
「おととい僕がお仕事を早帰りさせちゃったから、ママに仕事へ行って、って僕がおねがいしたんだ」
そうか、とだけ言って僕の頭をなでる、その手の大きさがなつかしくって。
「サンタさん、どうして変な声なの?」
「ん? あ、いやこれはだね。ほら、高い空を飛びまわっているだろう? 空の上の方には、ヘリウムガスが多いんだ。それに喉をやられてしまってねえ」
「サンタさん、僕まだ四年生。ヘリウムなんてわかんない」
「う、あ、そ、そうか」
「うそ。知ってるよ。マジックボイスの缶に説明書きがあったの、見たことがあるもん」
サンタさんの目をじっと見つめる。うろうろ、おろおろした感じで視線があちこちへ泳いでる。
「頭のいい子だね、夢人、クンは。それじゃ」
と慌てて窓へ片足をかけて逃げる気まんまんの姿勢を見せた。
そんなサンタさんへ声を掛ける。
「サンタさん、そりは? どこ? 僕、見たい」
逃げる後ろ姿が一瞬人形みたいに止まる。
「……トナカイに時間外労働はゴメンだ、と帰られてしまってね。見せてあげられなくて残念だ」
そう言って慌てて窓から外へ飛び出した。
「あ、待って!」
「夢人、クン。大丈夫。俺も子供のころはよく熱を出したよ。悩みごとがあるたんびにね。でも下がって来たなら、悩みも消えて来たっていう証拠だ。今日の遅刻は、ママに内緒にしておいてくれよ!」
一気にそれだけ言うと、僕のサンタは生垣に隠され見えなくなってしまった。
少しして、派手に響く自動車の音。古くてエンジンの音がうるさい、解りやすい車の音。
「仕事をさぼって来たのかな」
すごく嬉しかったけれど、さぼらせてしまったのだとしたら……。そう思うと、少しだけ「ごめんね」とも思った。
何も言わなくても解ってくれる。僕のサンタさんは、やっぱりいたんだ。
――夢人はサンタさんを信じてないの?
おとといママが見せた悲しい顔を思い出す。
「ママ、ありがとう。ごめんね」
僕はやっぱり、サンタさんはいる、と信じることにした。
学校が終わって宿題と連絡メモを届けてくれた将司が
「秋人がごめん、って言いたいンだってさ」
と言って、曲がり角の方へ向かって手招きをした。
「なぐったせいで熱出したのかな、とか、さ……その……ごめん」
何か、そういうの、どうでもよくなった。
「僕もなぐってごめん。ね、僕もう熱下がったんだ。あ、ちょっと待ってて!」
急いで部屋へ戻ってベルトを手にする。玄関へ戻って二人に見せびらかした。
「今年のプレゼント! お前らは?」
「おぉ! 俺もそれ!」
「いいなあ。俺はそれをサンタさんに頼んだんだけど、開けたらデンカメンソードでさぁ」
「うっわマジかよ! おま、それめちゃくちゃ高いんだぜ!」
「え、そうなんだ?」
「秋人、僕の貸してあげるからさ、宿題済ませたら三人で電王プレイしようよ」
「おう!」
「将司も秋人も、家で宿題しない? 僕、もう熱下がったから大丈夫」
「わかった! ダッシュで帰って母さんに言って来る!」
そのあと、ママが帰って来てもしばらくは遊んでいた。最初は怒っていたママだったけれど、最後には一緒に笑って僕らを見ていた。
「やだ、もう。おばさんまで電王見たくなっちゃったじゃないの」
なんて。それで将司や秋人に「とっくにテレビは終わってるよ」と突っ込まれていた。
「今朝のうちに見せてくれたらよかったのに」
っていう夕飯どきのママの言葉には、
「ともだちとポーズ決めたところを見せたかったんだもん」
ってごまかした。だって、サンタさんとの約束だもの。遅刻して来た、っていう話。
ナイショにしておく気になったのは、ママがいなかったせいで用意し損ねた、サンタさんへのお礼のクッキーや紅茶の代わり。
「ママはサンタさんからプレゼントをもらえた?」
そうきいたら、寂しそうな笑い顔になって、僕までちょっと悲しくなった。