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死の薫り

7/16 誤字報告ありがとうございます。

大変助かります(*^^*)

「やっと、ここまで着いた」



ここは、魔女がいると言われている山の麓だ。

地面が見えぬ程、空が見えぬ程、木々が鬱蒼と繁っている。


特別なことがなければ、やって来る者などいない。

そんな場所に私エミューは、やっとの思いで辿り着いたのだ。



私の婚約者ゼロニが、行方不明になった。

その僅か6日前に、彼の秘密の恋人チレイが何者かに殺された。顔をズタズタに傷つけられて、無惨な姿だったと言う。

犯人は見つからずじまいで、今もって調査中だ。


この婚約は政略で、いつもゼロニは私に目も合わせてくれない。

心からチレイが大切なので、私のことが気にくわないのだろう。

義務の為の2人のお茶会に赴けば、彼は不機嫌そうにお茶を飲んで書物を読んでいる。

私は侍女の入れるお茶を飲み、手入れの行き届いた庭を眺めるだけだ。


この婚約を私から断ることはできない。

貴族の結束の為に必要だからだ。


チレイの家はゼロニの家の反対派閥で、何代も前から敵対していた。

本来なら、2人が架け橋になれることが理想なのだけど……


だがそう旨くいかないのが、現実だ。



私の父は野心家で、せっかく結んだ高位の家との婚約を解消することはないだろう。

それくらいならば、邪魔な者を排除することに動く人だ。






ある日ゼロニは私の住む邸に押し駆け、彼女の死は君の仕業かと問うた。

私は直接何もしていないので、否定しかできない。


「預かり知らぬことでございます」


顔色一つ変えぬ私に、彼はイラつきを隠せず罵声を浴びせた。

「俺が君を愛することはない。俺の心はチレイの物だ。何一つ君の思い通りにはならない!」


眦を吊り上げて、捲し立てくる。

怒りを宿した水色の双眸からは、憎しみしか感じなかった。


それに対して、私はやはり何も言えなかった。

でも何かを言わなければ、彼は納得しないようだ。

だから一言。


「畏まりました」

そう言って、淑女の礼をとった。


彼は君は感情がないのかと言い捨てて、踵を返した。

私はその後ろ姿を、切ない気持ちで見送った。


 

その姿を見て、父が怒りを滲ませた。

「何をやっているのだ! 何をしてでも、ゼロニ様を繋ぎ留めろと言っただろ。全く使えん奴だ。泣き落とし一つできんとは!」


感情のままに頬を殴られ、体が壁まで飛んだ。

ガツンッ。

右腰を強く打ち、声が漏れた。

「うぐっ」


何をしてもどう振る舞っても、父の思うようにいかなければ、叱責を受ける私。

そもそも感情が顔に出ぬように教育したのは、父の依頼した家庭教師だ。

その女教師も父の愛人で、全ては父の言いなりだ。

教鞭で殴られることも日常だ。

日頃の鬱憤も、私で晴らしているんだろう。


この国では、女性など消耗品で人権などない。

それは母も同じだった。

ただ母は父親が権力を持つ家の娘なので、さすがに暴力は振るわれなかった。

しかし、精神的な嘲りは日常である。


「お前の父があの方でなければ、不細工なお前など娶らなかった。俺が愛人を作るのは、お前のせいだからな」


「はい、その通りです。申し訳ありません、旦那様」

そして母は、理不尽な言葉に謝るのだ。

そうしなければ、責め苦は終わらないから。



ゼロニは私の家に来た後、消息が途絶えた。

ゼロニの父は私の父にも疑いの目を向けたが、調査後に疑いは晴れた。


彼は一人で、魔女のいる山の麓を目指したらしい。

この邸に来たままの姿で、馬を走らす彼が複数人に目撃されたそうだ。



大勢の人員で捜索したが、彼はそれきり見つからなかった。

ゼロニには兄弟が多く、それ程混乱はないらしい。



その後私達の婚約は、白紙にされた。

ゼロニの他の兄弟には既に婚約者がおり、私がゼロニの家に嫁ぐことはなくなった。

私は財産目当てで、二十も歳が離れた男の元に嫁ぐことになった。



私は後悔していた。

父に叱責されても、ゼロニに自分の気持ちを伝えれば良かったと。



その晩、母が私の部屋に訪ねてきた。

憔悴した私を優しく抱きしめ、そっと囁いた。


「エミュー。貴女はゼロニが好きだったのよね。……私は彼の気持ちが貴女になくても、長く暮らせば仲良くなれると思ったの。普段の彼は、穏やかな子だったから。恋人がいたとしても、子供ができればそれなりに暮らせると思ってたのよ。

………でも今度婚約者になる男は、暴力的な人らしいの。私はそれが分かっているのに、そこに貴女をやりたくないのよ。

貴女はこの国を出て、男尊女卑のない隣国へ行った方が良い。お金なら、私が嫁いできた時の持参金を持っていくと良いわ。どうせ此処から外出もできないから、お金なんて使わないもの。

私はね、貴女だけには幸せなって欲しいの。今まで庇えなくてごめんなさいね」 


そう言うと、泣きそうな顔で金貨の袋を私に渡してくれた。

厩舎に護衛がいるので、そのまま行くように促された。



そして私は護衛と2人で、暗闇の中邸を去ったのだ。

母はこの護衛が私のことを好きなのを知り、この計画に巻き込んだ。隣国まで行き夫婦になれば、暴力的な男の妻になるより良いと思ったのだろう。護衛は隣国出身らしい。


でも私はどんなに拒絶されても、ゼロニが好きだったのに。


隣の町に着いたのは深夜で、護衛は宿に着くと部屋を1つだけ借りて、同意なく私を抱いた。

怖くて逆らうこと等できなかった。

でもどうしてもゼロニを思い出して、破瓜の痛みと合わさり涙が止まらなかった。



泣き止まぬ私に、護衛は慌てていた。

私には知らされていなかったが、何れ夫婦になって私を支えて欲しいと母に言われていたらしい。

護衛は共に逃げるのだから、もう夫婦になるのだと思い行為に及んだそうだ。


私は信じていた母にも、人権を軽んじられたのだ。

例え少しはましな選択だったとしても。



翌朝私は、護衛に提案をした。

魔女の住む山の麓に私を連れて行ってくれれば、持っている金貨を全て渡すので、そこに置いて行ってくれと。


私はもう、彼に抱かれるのは嫌だった。

彼だけを嫌なのではない。

自分の体を他人に自由にされるのが、もう嫌になってしまったのだ。母が私を守る為にしたことでも、他人に私の体に触れて欲しくない。


護衛には2人でいるより、1人で逃げる方が見つかりづらいと説得した。父に捕まれば、貴方もチレイのようになると少し脅す。


そこまで言えば、受け入れてくれた。

あの夜から私が頑なに彼を避け、従順だと思っていた印象と違ったのもあるのだろう。

所詮、その程度の思いだったのだ。

全財産をくれた母には申し訳ないと思うが、どうせ手紙も出せないのだから、元気にしていると思ってくれるだろう。



護衛は、山の麓の魔女がいると言う場所で馬から私を下ろし、水の入った皮袋と、数日分の干し肉とプルーン等が入った鞄を渡してくれた。


「ここまでありがとう」と言えば、切なそうな顔で頭を下げて去って行った。



私は魔女の家を探して、森の中を2、3日さ迷った。

日中は暑く、夜間は底冷えがした。

舗装されていない獣道は、砂利が多くぬかるんで歩きづらい。

おまけに、何度も木の根でつまづいた。

夜は大きな木の根元が空洞になっている部分に、体を丸めた。いつ狼等に襲われるか解らず、眠らずに過ごしていたが、とうとう3か目の夜は知らずに眠ってしまう。

幸いなことに、肉食動物には会わなかった。



さ迷い歩いた末に、漸く煙突からの煙の出ている、やけに年季の入った木の家を見つけた。

ノックをすると、中に入るように言われて扉を潜る。

部屋には黒いローブを羽織った、痩身で長い白髪を一つに束ねた初老の女性がこちらを見ていた。


目だけが赤く光って、肉食獣のような威圧感がある人だ。


部屋を見渡すと、天井から干しているたくさんの薬草が見える。

奥のコンロには、何かが煮込まれているようだ。

草を煮詰めた、雨上がりの土の臭いがする。

そして木壁には、あの時ゼロニの被っていた帽子がかかっていた。やっぱりここに来ていたのだ。


不意に声がかかり顔を向けると、

「解っていると思うけど、お前の望みを叶えればお前は死ぬよ。それでも良いのかい?」と魔女が言う。


無表情な顔からは、思考は読み取れない。


ビクッと体が強ばり一瞬だけ動揺したが、一呼吸してから「それで良いです。お願いします」と答えた。

今の私が叶えたいことは、一つだけだ。

ここで願わなければ、きっと一生後悔するだろう。


…………それにもう、ゼロニがいない世界は虚しいだけだ。

彼が生きて目に姿を写せるだけで、私は生きていけたのに。

愛までは求めてはいなかったのに。



私は壁の帽子を指差して、あの持ち主に伝えたいことがあると言った。

魔女は解ったと言い、頷いた。



私は赤い薬汁を飲まされてから、ベッドに寝かされた。

魔女がこちらを見つめていたが、強い眠気が襲い瞼が落ちる。






ああ、ここはゼロニ様と初めて会った、白薔薇の庭園だ。

今より少し若いゼロニ様は、不機嫌そうな顔で目を逸らしたままだ。


あの時は何も言えなかった私だけど、今度は伝えるわ。

「ゼロニ様。私は幼い時から、ずっと貴方が好きでした。落としたハンカチを拾ってくれた貴方に、憧れていました。だから政略でも婚約できて嬉しいです」


満面の笑みで伝えた私に、ゼロニ様の空の様に澄んだ水色の双眸が、見開いて揺れた。


「エミュー。君はそんな顔ができたんだね」


ああ、やっと私を見てくれた。

私が、一番言いたかったことが言えたわ。

もう十分です。



眠っている私の口は、「ありがとう」と呟いて微笑んだ。

――――――――――そして体の機能が全て停止した。



魔女は真っ白で生気のない、それでいて満ち足りた顔を見て思うのだ。


「やれやれ。なんだって、こんな所にまで命を捨てに来るんだろうね。……………そうだね、人の心の限度なんて他人が決められないからね。まあね、本人が後悔してなきゃ良いよ」



ここは記憶の魔女の森。

記憶魔法は稀有な能力だが、彼女は金銭を要求しない。

それは救いを求める全員に、手を差し伸べられるようにする為だ。

本人が戻りたい時間まで、精神を戻してくれる。

『代償は依頼者の、全ての生命力』


「寿命の残り全てを捧げる程の覚悟だもの。そもそもが私が生きてるうちだけの期間限定の夢物語なんだから、たいしたものはいらないんだよ。私も後2、3年の命だろうし」


そして壁には、報酬として得た品を1つ飾る。

彼女からは水仙の模様がついた銀細工のバレッタを。

家門の花なのだろうか?繊細に彫られた逸品だ。


そして報酬を飾る木壁には、1000に近い遺品が並んでいた。

「私は記憶の魔女。あんた達のことは忘れないよ。ずっと憶えているさ。…………でも私が死んだら、この家ごと業火で燃えるから、遺品も全部土に還るからね」


記憶の魔女が、ひき籠っているのには訳があった。

彼女もまた、世を捨てた者の一人なのだ。






生命力を失ったエミューの亡骸は、森の獣の命の糧となる。


この森でさ迷う際に襲われないのは、もうすぐ糧となる死の薫りを纏っているからだと言われている。




彼女は(ゼロニ)が行方不明になった時から、きっと既にこの薫りを発していたのだろう。この場所は、必要な者しか辿り着けない。



そしてゼロニも、同じように………………………………



3/6 日間(短編)ホラーランキング 23時 14位でした。

ありがとうございます(*^^*)

4/10 ホラーランキング(短編) 10時21位でした。

13時19位でした。ありがとうございます(*^^*)

5/9 10時 日間ホラーランキング(短編) 12位でした。

ありがとうございます(*^^*)

6/7 23時 日間ホラーランキング(短編) 7位でした。

ありがとうございます(*^^*)

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