陽葵、初めての介助!
「さて、とろみがどんな物か分かったところで食事介助に挑戦よ」
「はい……!」
陽葵は緊張でやや気を引き締める。中崎は、ひとりリクライニング型の車椅子に座る入居者様、認知症と失語症、四肢に麻痺も患っている方の元にパイプ椅子を一席持ち寄り、座りお手本を見せる。適量掬った、とろみで形を持ったコーヒーをスプーンで入居者様の口元へ促し、「丸岩さーん、喫茶のコーヒーですよ〜」と、はっきり、ややゆっくり、声に指向性を持たせて伝え話す。すると、返事は無いが、それに応じられるかの様に、口を開き、スプーンの上のコーヒーを口に含み咥えられる。そして、ゆっくり、しっかり飲み込みをされる。そして、また同じ声掛けと予備動作。それに入居者様も応じてもらえる。陽葵はその姿を目に焼き付けていた。そして自分がその行為をするイメージを脳内で再生していた。
「こんな感じよ立花さん。声掛けしながら、無理のない量ゆっくり介助。この方は嚥下はあまり悪くないから大丈夫よ。落ち着いてね」
「はい! ……失礼します! 丸岩さん! コーヒーいかがですか?」
「……」
丸岩と呼ばれた入居者様は静かな瞳で陽葵と差し出されたスプーンを見つめる。ただ、口を開かない。
「えと……丸岩さーん! コーヒー! です!」
「……」
「立花さん、そういう時は入居者様に、食べる、飲むって事を思い出して貰う為に少しスプーンで唇を優しく触れて刺激してあげてみて」
「唇……はいっ……!」
陽葵は教えられた通りにスプーンの先で唇にそっと触れる。すると、中崎の介助の時と同じく口をしっかり開いていただけた。陽葵は心の臓の内から、点のような熱量が高まる感覚がした。それはきっと自身へと繋がる火種。少し恐る恐るながらも介助を続け、コップ一杯のとろみ付きコーヒーを飲んでいただいた。