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コハルの食堂日記  作者: 海凪 悠晴
9/21

苦しみましたクリスマス(二)

 十二月二十八日、春子の手術は無事成功した。それから一昼夜おいて二十九日。この日から明けて一月三日まで病院は休診期間へと入る。しかし、少しでも早く元のように動けるようになりたいという春子の希望もあり、元日を除く毎日、当直の理学療法士により、毎日少しずつとはいえ、リハビリテーションの時間をとってくれるとのことだ。


 お正月のお休みが明ければ、すぐに主治医の診察があり、それ次第で今後のリハビリテーションをどう進めていくかが決定され、それからは一週間か、長くて二週間で退院できるとのことだ。その後もときどき通院しながら「完治」に向けてリハビリなどを行っていくとのこと。もっとも「完治」もあとどのくらい先になるかはまだ何ともいえないとのこと。

 もちろん春子としては大事な我が店「味処コハル」を、何日も何週間も休ませたままにさせておきたくはない。もし、それがきっかけで「店じまい」をしなければならない、なんて事態にでもなろうものなら。大事なお客さんたちには一日でも早く再び「おいしさ」を提供し始めたい、春子は切実にそう思う。一日でも早い営業再開を見込んで、春子の頭の中は自分の怪我のことよりも店のことでいっぱいなのだ。


「とんだ年末年始になっちゃいましたね……」

 休診期間初日の二十九日の昼食が済んだ頃、春子は同じ部屋で隣のベッドに居た小森さんにそう話しかけた。手術の前後それぞれ十二時間は何も口にできない。「絶食」状態だった。その「絶食」明けの今朝はおかゆ一杯に牛乳だけで、昼食からようやく「普通のご飯」つまりは「常食」へと戻ったのだった。


 小森さんが春子に返す。

「米倉さんは、病院でお正月迎えるのって、今度が初めてかしら」

「ええ、今年で五十になりましたけど、入院という経験自体が人生ではじめてですよ。元気だけが取り柄でしたのにね」

 春子は苦笑しつつそう台詞を投げた。

「あら、お年近いのね。私は今年で五十三になりました。米倉さんは若々しく見えるから、五十には見えませんでしたわ」

「あら、そうかしら。私、大衆食堂をひとりで切り盛りしているのですけど、ここに入った日、二十四日から当然そこも無期限の休業になっちゃって。そのせいで自分の店を失っちゃったりしないか心配なの」

「あら、それは災難ですね」

「災難なんてものじゃないですよ。あの店は私のこれまでの人生の集大成ですからね。むしろ私と一心同体。店の名前『味処コハル』っていうんですけど、春子なくしてコハルなし、コハルなくして春子なし。もちろんこれからもそうであり続けたいの」

 それを聞いて、穏やかな表情で微笑む小森さん。

「じゃあ、米倉さんがお店を失わないように、むしろ復帰したらこれまで以上に繁盛しますように、と私から祈らせてもらっていいかしら」

「え、ええ、祈ってもらえるのはうれしいけど……」

「実はね、私、クリスチャンなの。だけど、今年のクリスマスは病院の中で過ごす人生で五回目のクリスマス。もちろんお正月も、ね。私、若い頃から身体そんなに強くなくって。骨とかも丈夫なほうじゃなかったから……」

「そうなんですか、キリスト教ねぇ……。うちはとくに宗教とかじゃないけど、頼るとすれば神さまにではなくて、自分自身なのよね」

「春子さん。あなた自身も神さまが造られたものであり、神さまに愛されている存在なのよ」

 

 そのとき、敢えて「米倉さん」ではなく「春子さん」と名前で春子を呼んだ小森さん。その台詞を聞いてついキョトンとする春子。そしてそのことをなんとなく察知した小森さん。敢えてしばらくの沈黙を保とうとする。

 ちょうどそこへ当直の理学療法士がやってきて春子にリハビリのお時間ですと告げる。春子は看護師の介助で車椅子に乗っかかり、それを後ろから押されながら病室を出ていった。


 しばしのリハビリから部屋に戻ってきた春子。とりあえず車椅子の操作の仕方、その基本から練習しているところだが、とにかく一日も早く元の状態に戻りたい一心の春子。だが、あいにく今は休暇中であることもあり、リハビリは短時間かつ本格的には行えない。そもそも昨日手術が終わったばかりなのだ。焦りは禁物ですよ、とずっと年下のはずの理学療法士から諭されるも、店のことを考えるとそう落ち着いてはいられない。


 不安な心持ちのまま病室に戻った春子を待っていたのは夫・勲と常連客数人の顔ぶれだった。

「あら、皆さん……」

 お客さんが見慣れているはずの普段の割烹着姿ではなく、今は病衣を纏っている自分自身に気がついた春子。歩くことも立つこともできず、車椅子の上に乗っかって、それを押されている立場である春子。自分の両手両足を見回して、ちょっと恥ずかしくなってしまう。

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