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コハルの食堂日記  作者: 海凪 悠晴
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災害の多い時代(二)

 勲が高校を卒業して地元宮城県から東京に出てきたのは、昭和五十二年の春。

 あくまでマイペースな勲は自宅浪人で東工大に入ることを決意する。自宅浪人といっても親元においてではなく、東京のボロアパートにおいて、である。

 しかし、この頃の勲のような立場にある若者は「浪人生」という免罪符的な言葉を使うことも出来はするが、ただの無職のお兄さんともいえるのかもしれない。実家からの仕送りを喰い潰しつつ、勲はひとり「勉強」を続けていた。

 だが結局、一浪目での東工大へのチャレンジは失敗に終わった。第二志望校には合格したが、それが私立東京理科大学ともなれば、実際に入学してからの学費が半端ない、東理大への入学を見送り二浪目へと入ることになる。


 二浪もしたのでもう私立にはとても行けまい。国立大学である東工大一直線以外の道はなかった。四月からは改めて心も入れ替えて寝食忘れての猛勉強。外のニュースすら勲の耳には入ってこない。まるでご隠居さんのような生活である。

 そんな勲の二浪目の年の昭和五十三年、その六月十二日に「宮城県沖地震」が発生したのである。だが、テレビも観ない、ラジオも聞かない、新聞さえ取っていない勲。そのことを知らずに数日を送っていた。


 それから一週間近く経った頃、勲の部屋の戸を叩く音が。数学の勉強中だった勲。一体誰だと思いながら玄関に向かいドアを開ける。立っていたのは大家さん。

「米倉君、ご両親から電話が入ったよ。君の実家はこのあいだの大地震でもとくに被害らしき被害もなかったとのことだ。とりあえず、電話に出てあげなさい」

「え? 地震って何ですか、それ」

「なんだ、そのニュースすらも知らなかったのか……。えっと、去る十二日にな、君のふるさとの宮城県で大きな地震があったのだよ」


 大家さんの部屋に向かい、呼び出しの電話を取る勲。父親の声が聞こえてくる。

「ああ、勲か。俺だよ。父さんだよ。あの、大家さんから聞いてはいると思うが、こないだの地震の被害はうちに限ればほとんどなかった。それより……」

「それより?」

「勉強は順調に進んでいるのか」

「四月になってからずっと部屋に缶詰だよ。テレビもラジオも新聞もなしで暮らしてるから地震のことすら知らなかった」

「ああ、それだからこっちでかなりの規模の地震があったのに連絡すら寄越してこなかったということか……。でも、大学受験生なら新聞ぐらいは取ったほうがいいと思うぞ。国語とか社会の勉強もしなきゃいけないだろうし。とりあえず今月から仕送りに新聞の購読料くらいは上乗せしておくから、新聞をとりなさい」

 父親は続ける。

「あとな、さすがに部屋に缶詰ってのはよくない。たまには気晴らしのつもりで外に出なさい。お前はまだ若いのだからな。かえってそのほうが勉強の効率も上がるとは思う。あと睡眠をきちんと取ること。遅くとも夜中の十二時までには寝なさい。四当五落なんぞいうものはただの俗話だ」

 勲の父親は勤務医ではあるが医師であるだけに、勲には無理はするなという、理にかなかった忠告をしたのだった。


 しばらく経った日、「気晴らし」の散歩に出掛けた勲。その途中、喫茶店に行列が出来ているのを見る。何なに、インベーダーゲームだと、と興味をそそられる勲。

 そのときが勲とインベーダーゲームとの出合いである。試しに数回通ううちにすっかりインベーダーゲームにはまってしまった勲。親が仕送りに付け加えてくれた「新聞代」で新聞を取らず、インベーダーゲームのプレイ代の足しとして喰い潰していく日々が始まってしまったのだった。勲の父の親心、それはまさに裏目に出てしまったのだろうか。


 ちなみに、春子の地元の秋田でも春子二十九歳のときである昭和五十八年五月二十六日、日本海中部地震が発生している。しかも、これは春子の祖母が亡くなった直後のことで、四十九日法要すらまだで、納骨が済んでいないというときであった。

 翌月、祖母の四十九日法要への出席のために、葬儀のときに引き続いて秋田に帰省した春子。地震では、身内に関しては誰も被害をとくに被らなかったということでひとまず安心した春子。


 その頃になれば、春子はもう二十九歳の立派な大人。十一年前の十八歳のときに「家出」させておいて、そのままにしておいたけれど、それがより春子をたくましくさせるきっかけになったのだと、家族を納得させられるくらいまで、春子はいろいろな面で成長していた。米倉勲という、春子の親の目から見ても「悪くはない」婚約者もいる。これから二、三年のうちに勲との結婚、そして永年の夢であった食堂の開業を計画しているという春子を見て、家族は不安もあるけれど、よくここまで来られたもんだな、と。つまりは春子の度胸と努力について「高く評価」する印象を持っていた。

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