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コハルの食堂日記  作者: 海凪 悠晴
2/21

プロローグ(二)

 一晩走り続けた夜行列車が東京の街に着いた。上野の駅で列車を下りる春子。

 春霞なのか、大気汚染なのか。朝七時の東京の空はいくらかぼんやりと霞んで見える。そして、秋田では祭りのときでもそこまでは集まらないような多数の人ヒトひと。否が応でも圧倒されてしまう。周りで何があろうと我関せずといった感じで早足で歩く都会の人間たちである。そのうちの多くがスーツに身を包んだサラリーマンらしき姿なのだ。


 さて、春子。東京に着いたはいいけれど、これからどう動こうか、どう動けばいいのだろうか。何せ、春子にとって東京なんて修学旅行ですら来たこともない、初めての街である。しかも日本国の首都だというのだから当然ながら「日本一の街」であろう。いや、今やアメリカに次いで世界第二位の経済大国となった日本の首都なのだから、もはや世界でも屈指の大都会であろう。そんなすごいところに来てしまったのか、と春子は思った。同時に「世界屈指の大都会」に自分一人でやって来た、それだけで自分の中で何かが変わった、またこれからも変わり続けそうな予感がした。


 ただ、そんな大都会で、まさに右も左も分からない状態の春子。不安だってもちろん感じている。なんだか目眩がして倒れそうになっていた。上野の街にはホームレスが大勢居る。それぞれがどういう経緯でホームレスになってしまったのかはわからないけれど。憧れていたはずの東京という街、なんだか生臭い。春子にとっての東京の嗅覚的な第一印象はそこだった。


 きっと治安もそういいものではないのかもしれない。春子は実家から持ってきた唯一の荷物入れであるバッグを身により近づける。高校卒業まで貯めてきたお小遣い全額を財布に入れてきた。それが盗まれようものなら……。


 とりあえず、どこか食堂に入ってみたら、どうだろう。春子はそう思った。長旅でちょうどお腹も空いているのだし。あわよくば、そこで住み込みで雇ってもらえるかもしれない。上野の街を見渡す。ちょうど、先程居た駅に「お食事処」というのぼりを見つける。狭いけれど食堂か何かのようだ。ターンして駅の方へと再び向かう。


 春子はその店の中に入る。みんなおそばを食べている。おそば屋さんかな。それにしても店の中は狭い。やっぱり東京の地価は高いから……。そんなふうに思っていた春子、とりあえず店員にかけそばを注文する。

「あのう、すみません。かけそば一杯お願いします」

「お嬢ちゃん、ここはセルフサービスだから、食券買って出しとくれ」

 中年男性の店員は自動食券販売機の方向を指してそう言った。


 見慣れない機械を前にした春子、そこにお金を入れて「かけそば」のボタンを押した。プラスチックの緑色のプレートに「かけそば」と書かれた食券が出てきた。これを店員さんに渡せばいいのだろう。


「はい、かけそば一丁!」

 店員の声が響いた。

 一分待ったか待たないか、すぐにかけそばが出来上がる。こんなに早くおそばができるって、やっぱり東京はすごいなぁ、と春子は思った。

 そばを啜る春子。空きっ腹には何でもうまいというが、東京に来て初めての食事をした春子。かけそばでも夢の国でのごちそうのように感じた。


 やがて、かけそばを食べ終える。そして、言いたかった台詞を言ってみる。

「ここのおそばはとてもおいしいですね。ここで住み込みで働くことはできますか?」

「えっ、ここはただの駅そば店なんだけど……」

 店員は驚いて春子のほうを見るとそう言った。その間にも食券を出して注文してくる客はいる。

「冷やかしなら別のところ行っておくれ! こちとら忙しいんだ!」

 店員から半分怒鳴るような声でそう言われた。


 同時に後ろから声がかかる。

「ねぇ、キミ、さっきお釣り取り忘れてたよー」

 別の学生らしき若い男性客から小銭を受け取った。五百円札を入れて、百二十円のかけそばを注文しただけだから、三百八十円も。お釣りのレバーを引くのを忘れていたようだ。

「あ……、はい。ありがとうございます……」


 まるでお上りさん丸出しの春子である。

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