第42&43話
「さあ皆さん、ご注目ください! 本日の主役、アメリス様の登場ですよ!」
ルネの高らかな宣言と共に、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。 私はというと、まるで市場で競りにかけられる家畜のような気分で、ルネに背中をグイグイと押されながらリビングへと足を踏み入れた。
そこには、これからの作戦会議のために待機していたヨーデル、ロストス、そしてアルドの三人がいた。彼らはテーブルに地図を広げて深刻な顔で話し込んでいたが、ルネの声に驚き、一斉にこちらを振り返った。
そして、時が止まった。
三人は石像のように固まり、ポカンと口を開けて私を見つめている。 沈黙が痛い。やっぱり似合っていないのだろうか。胸をサラシできつく締め上げられ、慣れないパンツスタイルに、首元が詰まったタキシード。鏡で見たときは「あら、意外と悪くないかも」なんて自惚れてしまったけれど、やはり男性陣から見れば滑稽な道化に見えるに違いない。
羞恥心で顔から火が出そうだ。穴があったら入りたい、いや、このまま地下道まで走って逃げ帰りたい。
「……ぷっ」
最初に沈黙を破ったのは、ロストスだった。彼は手で口元を覆い、肩を震わせている。
「やっぱり笑うのね! わかっていたわよ、どうせ似合わないって……」 「いや、違いますよアメリスさん。そうじゃなくて……驚いたな」
ロストスは真面目な顔に戻ろうと努力しながら、私の目の前まで歩いてきた。そして、まじまじと私の顔を覗き込む。
「完璧だ。正直、部屋に入ってきた瞬間、知らない美青年が迷い込んできたのかと思いましたよ。ルネの腕が良いのもあるでしょうが、素材が良すぎる」 「へ?」
予想外の褒め言葉に、私は間の抜けた声を出す。
「アメリス様……なのですか?」
ヨーデルがおずおずと尋ねてきた。彼は信じられないものを見るような目で私を凝視している。
「ええそうよ。ルネに無理やり着せられたの。変でしょう?」 「変……? いえ、その、悔しいですが……俺よりも男らしいというか、いや、貴族のぼっちゃんに見えるというか……」
ヨーデルは頭をかきながら、なぜか私の顔を直視しようとしない。耳が少し赤くなっている気がする。
「素晴らしい変装です、アメリス様!」
アルドが立ち上がり、興奮気味に声を上げた。
「これならば、アサス様の目を欺くことも不可能ではありません。元々アメリス様は背がお高いですし、凛とした立ち振る舞いは騎士顔負けです。ただ……」 「ただ?」 「中身がアメリス様のまま、というのが最大の懸念点ですね」
アルドは真顔で失礼なことを言った。
「ちょっと、それどういう意味よ!」 「そのままの意味ですよ。アメリス様、口を開けばいつもの調子が出てしまいます。作戦中は極力無口でいるか、あるいは……」
ロストスが指をパチンと鳴らした。
「設定を作り込みましょう。あなたは遠方、そうだな……東方の小国から来た若き富豪『アメル・クリスティ』。無口でクール、しかし商才に長けた謎の貴公子。これで行きましょう」 「アメル……安直すぎない?」 「わかりやすくていいじゃないですか。それに、今のマスタールとロナデシアの情勢を考えれば、第三国の資産家というのはアサスさんにとって喉から手が出るほど欲しい存在のはずです」
ロストスの目は、すでに商談モードに入っていた。彼の計画はこうだ。 現在、アサスお姉様はマスタール州との交易が途絶えたことで、新たな資金源と販路を求めて焦っているはずだ。そこへ、正体不明だが羽振りの良い投資家「アメル」として接近する。 お姉様が食いついてきたところで二人きりの場を設け、そこで正体を明かして説得を試みる、というものだ。
「場所はどうするの? お姉様の屋敷に乗り込むわけにはいかないでしょう?」 「それなら好都合な情報があります」
ロストスがテーブルの上の地図の一点を指差した。それはロナデシア領とマスタール州の境界付近にある中立都市『ベルン』だった。
「三日後、この街で大規模な商業ギルドのパーティーが開かれます。表向きは各国の商人の親睦会ですが、実質は裏取引や新たな契約を結ぶための狩り場です。情報筋によれば、今回アサスさんが極秘で参加するそうです」 「お姉様が……自ら?」 「ええ。それだけロナデシアの財政が切羽詰まっているという証拠でしょう。ここが勝負所です、アメリスさん」
三日後。人生初の男装で社交界へ潜入することになったのである。
会場となるベルンの迎賓館は、煌びやかなシャンデリアと着飾った人々で溢れかえっていた。 音楽隊が奏でる優雅なワルツ、グラスが触れ合う軽やかな音、そして欲望と計算が入り混じったむせ返るような香水の匂い。
私はロストスにエスコートされ……ではなく、ロストスを従者のように従えて、会場へと足を踏み入れた。 今日のロストスは私の「秘書」という設定だ。彼が招待状を受付に提示し、私たちは何事もなくホールへと入ることができた。
「いいですかアメリスさん、背筋を伸ばして。アゴを少し引いて、視線は流し目で。誰かと目が合ってもニコニコしないでくださいね、不敵に口角を上げるだけにするんです」
ロストスが小声で指示を出してくる。私は言われた通りに表情筋を固めた。 緊張で胃が痛い。もしここで転んだりしたら、「東方の貴公子」どころか「東方のドジっ子」として伝説になってしまう。慎重に、慎重に歩かなければ。
カツ、カツ、とヒールの低い革靴が床を叩く音が心地よい。 ふと、周囲の空気が変わったのを感じた。
「あら、あの方はどなた?」 「見たことない顔ね。でも、なんて凛々しいのかしら……」 「あの憂いを帯びた瞳、素敵だわ」
ざわめきが波紋のように広がっていく。どうやら変装はバレていないらしい。それどころか、すれ違う女性たちが皆、熱っぽい視線を送ってくるのだ。扇子で口元を隠しながら上目遣いで見てくる令嬢、大胆にウインクをしてくる貴婦人。
(な、なんなのこれ……?)
今までパーティーに出ても「壁の花」か「お母様の操り人形」扱いだった私には、この反応は未知の体験だった。 ふと、あの地下道で男が言った言葉が脳裏をよぎる。
『人間であり人間でなく、淫魔であり淫魔でない』
まさか、この異様なモテっぷりはそのせいなの? 私が無自覚に何か怪しいフェロモンでも出しているというの? いやいや、そんなはずはない。これはルネのメイク技術と、ロストスの演出のおかげだ。そう自分に言い聞かせる。
「すごい人気ですね、アメル様」 「からかわないでよ、ロストス。それより、お姉様は?」 「焦らないでください。獲物は向こうからやってきますよ」
ロストスが目配せした先、ホールの奥にあるVIP席に、見慣れた人影があった。 冷ややかな銀髪を完璧に結い上げ、鋭い眼光で周囲を値踏みしている女性。アサスお姉様だ。 彼女の周りには下心ありげな商人たちが群がっているが、お姉様はまるで汚いものを見るような目で彼らをあしらっている。
「相変わらずね、お姉様」 「ええ。ですが、あの中で本当に彼女の眼鏡にかなう人間はいないようです。そろそろ行きましょうか」
ロストスが合図を送り、私たちは人混みをかき分けてアサスお姉様の方へと向かった。
「……ですから、そのような低品質な綿花になど興味はありませんの。出直してらっしゃい」
近づくと、お姉様の氷のような声が聞こえてきた。言われた商人は顔を真っ赤にしてすごすごと退散していく。 チャンスだ。私は深呼吸をして、心を「アメル」に切り替える。
「手厳しいですね。品質よりもコストパフォーマンスを重視する今の市況において、彼の提案も一考の余地はあったのでは?」
私はなるべく声を低くし、尊大に振る舞いながらお姉様に話しかけた。 お姉様がゆっくりとこちらを向く。その鋭い瞳が、私を射抜くように捉えた。心臓が跳ね上がる。バレるか?




