9.しつこいですね
セレネが来客を追い返した直後のこと。
体調を崩し自室で休んでいた前当主ラルド・ヴィクセントが部屋を出た。
ソレイユが離席しているタイミングだったため一人で。
そこへ執事が通りかかり、彼に気付く。
「前当主様? どうされたのですか?」
「う、私は――!」
ラルドはぴくりと反応して立ち止まる。
呼び止められたことにではなく、前当主と呼ばれたことに苛立つ。
この屋敷ではすでに、自分が当主ではなくなったと誰もが知っている。
私が当主だと叫んだところで、もはや意味はない。
ラルドは叫ぶ直前で冷静になり、怒りと言葉をぐっとこらえる。
「なんでもない。私は急いでいるんだ」
「お待ちください。どちらに行かれるのですか? 体調を崩されていたのですから、あまり無理をされないほうが……」
「いらぬ心配だ! それに今日は私に来客のある日だろう。寝ているわけにはいかないのだ」
「あ、そ、その件なのですが……」
ラルドは執事から数分前の出来事を教えられる。
それを聞いた彼がどう思うか。
おそらく誰もが容易に想像できるだろう。
そして彼は廊下を駆け出し、彼女の元へと向かった。
◇◇◇
ドタバタと廊下をかける音が聞こえる。
なんとなく予想はつく。
私は作業の手を止め、憂鬱な気持ちになりながらため息をこぼす。
「はぁ、今日は来客が多いわね」
バタンと勢いよく扉が開く。
今回はノックもなしに。
ひどい血相で部屋に入ってきたのは、案の定お父様だった。
「セレネ! どういうことだ!」
「……なんのことですか?」
「惚けるな! 私に来た来客を勝手に返したそうじゃないか!」
「ああ、そのことですか」
まぁそれ以外に理由はないと思っていたけど。
さっきの男性以上に、お父様はわかりやすくて助かるわ。
「勘違いしているみたいなので訂正しておきましょう。別に私も、ただお帰り頂いたわけじゃありませんよ?」
「どういう意味だ?」
「私は会うつもりがないと言ったのです。ですがお父様に用があるなら止めないとも言いました。元々お父様のお客様ですし。ただ、そのご様子ではお父様のほうには挨拶に行かれなかったようですね」
「な、なんだと……」
お父様は悔しそうに顔をゆがめ、歯ぎしりの音が聞こえる。
伝えた事実だけで察したのだろう。
あの貴族の男も、仲良くしていたのは当主という立場があったからこそだと。
悔しさと怒り、そして悲しみが浮かんでいるようだ。
これに関しては多少の同情はある。
それでも私のお父様に対する態度は変わらない。
「ですが会わなくて正解だったでしょうね。あんな無礼な方と知りませんでした」
「な、何があったのだ?」
「先ほども申し上げた通り、私は会わないと伝えたにも関わらず、勝手にここへ入ってきて挨拶をしにきたなどと言い出したのです。あまりに無礼だったので、早急にお帰り頂きました」
「う、そ、そうか……」
てっきり擁護するか怒鳴ると思っていたけど、意外とすんなり受け入れたわね。
よほど堪えたのでしょう。
私には挨拶にきて、旧友である自分にはなかった事実が。
「ですからもう、あの方は屋敷に入れないことにしました」
「なっ……」
「構いませんよね? お父様に挨拶もなかった方です」
「い、いやしかし」
「それと、お父様の約束は一旦全てキャンセルさせていただきましたわ」
追加の一言を口にした途端、お父様の顔が赤くなる。
もちろん怒りで。
「ふ、ふざけるな! 何を勝手なことをしている!」
「勝手? 当然でしょう? 当主はもう私なのですから、お父様が個人的にしていた約束に私が応える必要がありますか?」
「私の約束だ! 決める権利は私にある!」
「違うわ。決めるのは当主である私よ」
怒鳴るお父様に強く言い返す。
口調が変わったことで、お父様もびくっと身体を震わす。
「お父様が個人的に結んだ約束は知らないわ。けど、当主として結んでいた約束は私に決める権利があるの。お父様の出る幕じゃないわ」
「セレネ……」
「そろそろ出て行ってもらえる? ここは当主の部屋よ。許可なく勝手に入ってくるなんて、お父様もさっきの男と同じなのね」
「お、お前!」
お父様が詰め寄ってくる。
私は大きくため息をついて、影を操りお父様を捕える。
「こ、これは」
「お部屋に戻りなさい。ここは貴方の場所じゃないわ」
「セ、セレネ!」
さっきの男と同じように、影を使って強制的に移動させた。
今頃、お父様は自室にいるだろう。
「本当に懲りないわね」
いつまで現実を否定しているのか。
一日経てば頭も冷えて冷静になると思っていたけど、そうはならなかったみたい。
お父様は昔から、感情の起伏が激しい。
特に家庭内では。
どうせまた戻ってくる。
ガミガミと言われる未来がすけて見えるし、いっそ外に出ようかしら?
お父様と違って人と会う約束なんてないけど……。
「ん、これって……」
ふいに、書類の中の一枚に視線が行った。
そこに描かれていたのはパーティーの開催について。
ただのパーティーではない。
「……いいわね。これには参加しようかしら」
前のループまでは一度も縁がなかった特別なパーティー。
出席者は、私を含む六家の当主たちだ。