73.ただの怪物②
会議が終わり、私は屋敷へと戻った。
執務室に入るとディルが待っていて、目を合わせて私に言う。
「お帰り。会議の様子はどうだった?」
「前と似たようのものよ。ゴルドフが中心になって話を進めていたわ。一言もしゃべっていない人もいたわね」
会議中、森の守護者ミストリア・フルシュは一言も発言していない。それに意味があるわけではなく、単に共有すべき事情がなかっただけだろう。
彼女は自身に、魔獣よりも重要な問題を抱えているから。
「ユークリスは?」
「変わらずよ。しばらくの間、ユークリスにはゴルドフとアレクセイが交代で護衛につくわ。それとエトワールは常に傍で控えるような体制になったわね」
魔獣の目的は未だ完全にわかったわけじゃない。だからこそ、王であるユークリスの安全を何より確保すべきだという意見が会議であがった。
その結果が先に話した護衛の体制だ。守護者の中でも戦闘能力の高い二人が傍につき、星読みができるエトワールが王の傍らに控えることで、悲劇を事前に防ぐことができる。
それを聞いたディルは、ホッと胸を撫でおろしたように呟く。
「そうか」
「安心したかしら?」
「ああ、少しな」
彼にとっても、ユークリスの安全は何より守りたいものだっただろう。本当なら自分が傍で守りたいけど、立場上それはできない。
強さを知っている二人が傍にいてくれることは、ディルの心の安然に繋がる。私にとってもそのほうがいい。
ディルにはこっちに集中してもらわないと困るわ。
「十日後、盗賊団のアジトに行くわよ」
「ん? は? どういうことだ?」
「魔獣の依代になっているかもしれない人間がいるの。騎士団が討伐作戦をするから、私たちもそれに便乗するわ」
「えっと、もう少し詳しく説明してくれ」
ディルはキョトンとした表情を私に見せる。さすがに駆け足で結論だけ伝え過ぎた。私は一呼吸置いて、会議の内容を彼に全て説明した。
「そういうことか」
「ええ。もちろん貴方にも手伝ってもらうわよ?」
「それは構わないが、ソレイユは?」
「あの子は留守番よ」
ソレイユは一緒に行きたいと言ってくれたけど、さすがに盗賊団のアジトまで彼女を同行させる気にはなれなかった。
異能の力は強力でも、彼女自身はまだまだ弱い。シオリアの時とは違い、相手の情報もないまま戦闘になる可能性もある。
加えて、ソレイユが一緒だとディルが全力で戦えない。ソレイユとディル、どちらを選ぶかと問われたら、私は迷いなく後者をとる。
「それまでに可能なだけ情報を集めるわよ」
「わかった。なぁセレネ、少し焦っていないか?」
「――そう見える?」
「ああ。俺にはなんだか余裕がないように見えるぞ」
痛いところをつかれる。一緒にいる時間が長くなって、そういうところも見抜かれるようになってきたみたいね。
「別に焦っているわけじゃないわ。ただ、気になることがあるのよ」
「母親のことだろ?」
「……ええ」
ディルにも、シオリアが残した遺言のことを伝えてある。私が生まれた直後に亡くなったと聞かされていた母親……ニーナが生きている。
それだけなら非常に喜ばしいことだけど、シオリアが残した意味深な言葉は引っかかる。
――生き返ったのかも……しれない。
私と……同じ……。
ニーナは死んで、蘇ったのだとしたら……そんなこと、異能の力でも不可能だ。普通ならばありえない。だけどもし、この件に原初の魔獣が関係しているのだとしたら?
「早く確かめたいのよ。確かめて、事実なら……私がするべきことは決まってるわ」
「セレネ……」
シオリアの時と同じだ。
身内の問題は、身内で決着をつけるべきだと思う。何より今回は、私にとって実の母親になる。
ソレイユが覚悟を決めてシオリアと向き合い、本気で戦ったんだ。姉である私が、同じことができなくてどうする?
そう、私がするべきことは……。
この手で、母親を終らせることなんだ。
「その役目は、誰にも譲らないわ」
「……そうか。お前が決めたなら何も言わない。もう片方は俺に任せてくれ」
「そのつもりよ」
「わかった。ユークリスの意見も聞いておきたいな」
「難しいわね。しばらくあの子の協力は仰げないわ。エトワールが傍にいるもの」
星読みができるエトワールの存在は、ユークリスを守る意味とは別に、私たちにとっては気軽に接触できないデメリットがある。
私が接触すれば、星読みで見られる未来に影響を与えてしまう。ディルが近づけば、エトワールに余計な情報を与えることになる。
自然にエトワールから離れ、ユークリスが一人になれるタイミングを見つけるか。もっともらしい理由をつけて地下の部屋に行く以外にはない。
少なくともしばらくは、ユークリス単独での行動は推奨されない。
「そうか。じゃあ仕方がないな」
「寂しそうね」
「せっかく話せるようになったばかりだからな……俺の眼の届かないところで何かあったら、っていう不安もある」
「そう。じゃあ手早く終わらせましょう。残り五体、復活しているかもしれない魔獣と全部、私たちで倒せばいいのよ」
「簡単に言うな。相手は初代の守護者たちが総出でなんとか倒した相手だぞ」
「わかっているわ。けど、アギアの件でわかった……復活は不完全よ」
私はかつて初代守護者たちが戦ったアギアの強さを体験している。その上で、シオリアを依代にした現代のアギアとも戦った。
だから、明確に力の差を実感できる。まず間違いなく、アギアの復活は不完全だった。本来の姿の一部しか顕現しておらず、その威力も私が対応できる程度。
人間を依代にしているのは肉体を失い、かつての力を顕現することができないからだと私は推測している。
そして彼らは時間をかけて緩やかに、かつての力を取り戻している。
シオリアがアギアと接触したのは、今から十年以上前のことだったらしい。 それだけ長い期間、私たちの中に溶け込んでいた。
私やソレイユ、お父様を殺す程度の隙はあったのに実行しなかったのは、アギアの力がほとんど回復していなかったらだと思う。
ようやく戦える程度に回復したから、策を弄して他の守護者たちを疲弊させ、弱ったところを一気に殺すつもりでいた。
原初の魔獣全体の目的が、私たち守護者の殲滅だと仮定して、アギアのように人間を依代に復活しているのなら……。
十中八九、残る魔獣たちも完全な状態ではない。
「急ぐ理由はそこにもあったか」
「そういうことよ。完全復活すれば手に負えなくなるわ。前に戦った災害級魔獣の比じゃない……犠牲は覚悟すべきね」
「考えたくないけどな」
そうしているうちに、時間は過ぎて――
【作者からのお願い】
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タイトルは――
『没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしれきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!』
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