71.唯一の家族だから③
決意を胸に、燃え上がる闘志を一先ず抑え込んで、大きく深呼吸をする。それから私は、ユークリスに尋ねる。
「ユークリス、シオリアの動向はつかめていないの?」
「……」
彼はぼーっとしていた。
私の呼びかけにも無反応で、砕けた石板を見つめている。今度はディルが声をかける。
「ユークリス?」
「え、あ、なんですか? 兄さん」
「俺じゃなくてセレナが先に声をかけたんだが」
「そうだったんですね。すみません、ちょっと考え事をしていたので」
ユークリスはあどけない笑顔でそう答えた。何を考えていたのか尋ねると、彼は少し困った顔をして、壊れた石板をどうしようか悩んでいると答えた。
「そんなの放置でいいじゃない。どうせ私たち以外は存在も知らないわ」
「……ですね。中に人を入れるわけにもいきませんし」
「気にしたって仕方がないだろ。壊そうと思って壊したわけじゃないんだ」
「はい。気にしないことにします」
そう言ってユークリスは笑顔を見せる。悩みは解決されたのだろうか。
なんとなく、私は彼が別の何かを考えていた気がする。興味はあったけど、あえて聞くことはしなかった。
それより私は、一度無視された質問をユークリスに投げかける。
「シオリアの動向を知りたいのだけど」
「はい。シオリア・ヴィクセント……魔獣アギアに関しては、今のところ目立った情報が得られていません。王都中に騎士を派遣して捜索はしているのですが……」
「見つからないなら、王都の外に出ているのか。それとも潜伏しているのか」
「後者でしょうね。シオリアの狙いは私たち守護者よ。王都に守護者が集まっている以上、ここを離れるとは考えられないわ」
シオリアは今も王都のどこかに潜伏していて、私たち守護者の寝首をかく隙を伺っている……と、私は予想している。
この話にディルも同意してくれた。
「最悪、他の魔獣の存在も考慮するべきだろうな。彼女が原初の魔獣と同一なら、他の魔獣も復活している可能性が高いだろうし」
「そうね。でも、今すぐに警戒する必要はないと思うわ」
「どうしてだ?」
「私たちをハメようとしたのが、シオリア一人だったからよ」
仮に他の魔獣たちが復活しているなら、それらと協力して私たちを襲えばよかった。そうしなかったのは、復活しているのが彼女だけか。魔獣同士で目的が異なっているのか。
どちらにしろ、協力できる状況ではなかったからだと予測できる。
「だから単独か」
「ええ。ただ、シオリアは魔獣を呼べるみたいだから、あれを単独と呼んでいいのかは知らないわ」
「あの程度の魔獣なら俺一人なんとかできる」
「頼もしいわね。ちゃんと守ってもらう?」
「任せておけ。だからその前に……」
私とディルの思考は一致する。
相対した時の対策以前に、まずシオリアの居場所を見つけなければならない。
「王都内にいるとして、騎士たちに探させても見つからないとなると……相当上手く隠れているな」
「そうね。あの穴……」
魔獣を召喚した時に使っていた穴の中がどうなっているのか気になる。
もし、あの中に異空間が広がっていたら、そこに逃げ込まれたら見つけられない。ただ、穴を使った移動にも制限はあるはずだ。
そうでなければ、最初から無制限に魔獣を呼び出したり、私たちを異空間に閉じ込めて餓死させることだってできる。
物の出し入れには制限があって、私の影の中のように長くは滞在できない。移動先も、どこでも自由に行けるわけじゃない。
と、ここまで予想を立て、すべて当たっているとするなら……。
「一つ、私に考えがあるわ」
「心当たりがあるのか?」
「いいえ、探す方法があるだけよ」
「教えてもらえるか?」
私はディルの言葉に応える様に、右手を足元にかざし、自身の影を意味深に広げる。
「影?」
「この影は私の一部よ。広げた影のかかっている場所なら、私は状況を把握できる。会話は聞こえないけど、姿なら見られるわ」
「その影を使って捜索する……か。悪くないが、無茶じゃないか? 王都は広い。確かに影を使えば普通は見えない場所も探せるが、すぐ勘づかれるぞ」
影は光を遮った背後にしか生まれない。その性質上、不自然に広がった影は自然にできたものではないとすぐわかる。
影の異能を知っている者なら、考えるまでもなく私を思い浮かべるでしょうね。シオリアは私の力を警戒しているはずだから、悟られれば歩いて探しているのと大差ない。
ディルの言いたいことはわかる。だから、その問題を解決する手段が一つだけある。
「私の影を、王都中に広げるわ。一気に」
「なっ……」
「そうすれば、逃げる暇なんて与えない。あの穴も、影で塞いでしまえば出入りはできなくなるわ。上手く影の中に取り込めたら、その時点で決着ね」
「いや、それこそ無茶だ! 言っただろ? 王都は広いんだ!」
ディルは何度も私に言う。
そんなことはわかっている。王都は広い。
如何に異能者と言えど、無制限に力を行使できるわけじゃない。全力で走れば呼吸が乱れるように、全力で力み続けることができないように、異能にも限界がある。
強力な異能も、扱うのは生身の人間だから、人間の限界を超えられない。
もちろん、理解している。
「私一人じゃ無理よ。だから、協力してもらうわ」
「協力って、俺は駆けまわるくらいしかできないぞ?」
「貴方じゃないわ」
私の視線が見つめる方向に、ディルがようやく気付いてくれた。私が見ていたのはユークリス、この国の王様で、王の異能を宿す少年。
「そうか。王の異能には……」
「他の異能を強化する力があります」
ユークリスが自ら答えた。
その力を頼りに、私たちは以前魔獣と戦ったことがある。今回も、彼の力を借りるつもりだ。
「ですが、ボクの力にも限度があります。王都全域に力を広げるのは……」
「わかっているわ。だから、もう一人に手伝ってもらうのよ」
「もう一人?」
「誰のことだ?」
「いるじゃない。他人を強化する力を持った守護者が……」
この時、全員の頭には同じ人物が連想された。
王の異能以外で、他者を強化することができる守護者は一人だけ……影と対をなす異能、私の妹が宿す……太陽の力だ。






