69.唯一の家族だから①
あけましておめでとうございます!!
シオリアの裏切りから二日後。
一部の混乱を治めるのに時間を費やし、ようやく落ち着いた頃合いを見計らい、私とディルは王城の地下室へと足を運んだ。
影の移動で地下室に侵入すると、すでにユークリスが待機していた。
「お待ちしておりました。兄さん、セレネさんも」
「遅くなったわ」
「忙しいのに悪いな。毎度呼び出して」
「いえ、ボクも知りたいことですから」
そう言いながらニコリと微笑み、彼は背後にある石板へと視線を向ける。
私とディルはユークリスの隣に歩み寄り、一緒に不格好に一部が変色した石板を見つめる。
隣からユークリスが私に尋ねる。
「太陽の異能は、回収できたんですね」
「ええ。ここにあるわ」
私は自分の胸に手を当てて答えた。
シオリアとの戦闘後、ソレイユは泣きつかれて気を失ってしまった。幸いただの疲労で、外傷はなかったから治療もいらず、私が屋敷の部屋へ運んだ。
そのついでに、彼女から太陽の異能の力を一部拝借している。おそらく本人はそのことに気付いていないでしょうね。
ディルには軽く、また泥棒みたいな真似を、と呆れられてしまったけど、私は気づかれずに回収するほうがいいと思っている。
母が裏切り、父が死んで精神的に追い込まれているソレイユを、これ以上他のことで悩ませるのはさすがに酷だから。
私は目を瞑り考える。彼女には彼女の人生がある。お父様が最後に言い残した言葉、自由に生きればいい……あれはきっと、私だけじゃなくてソレイユにも伝えたかった言葉だ。
「さぁ、始めるわよ」
「ついにわかるんだな。この石板の謎が」
「ええ」
この石板には間違いなく、私たち異能者についての秘密が隠されている。すでに変色している部分を見ても、未だに何が描かれているのかわからない。
太陽と月は消えて、影も黒く塗りつぶされた。中心にいる王らしき人物だけが、変色した後も形を残している。
ただし不完全だ。周囲の守護者たちの変化をもって、この石板は完成する。
私はゆっくり、右手を石板に向ける。私の中には今、王を守護する六つの守護者の異能が宿っている。
以前に試した時は、石板の変化を見ることができず、その前日に時間が巻き戻ってしまった。
果たして今回は……上手く行くのだろうか?
期待半分、不安半分で、二人に見守られながらそっと、私は石板に触れた。
「お願い……」
正解であってほしい。
そんな願いを口にして触れた直後、石板に私の中の力が吸い取られる感覚に襲われた。そして石板が変色を始める。
描かれていた六人の守護者の姿が、徐々に黒く塗りつぶされて消えていく。
どうやら条件は満たせたらしいことは、変化を見ている途中に気付けた。前回は変化することすらなく、気が付けばベッドの上だった。
今回はそうなっていない。ちゃんと、石板は変化している。
ただ……変化の内容が理解できない。ゆっくりと黒く染まり、細部まで変化した石板に残されたのは……。
「これで……終わり?」
思わず声に漏れてしまった。
変色した石板に描かれていたのは、たった一人残された王だけだった。周囲の景色もなく、守護者たちの存在もなく、王は膝を曲げ、自身を抱きしめるようなポーズで描かれている。
まるで、孤独をじっと耐えている子供みたいに。
「完全に変化しきった……みたいだな」
「そのようですね。この石板が意味するものは一体……! 兄さん、セレネさん、あの人物の左胸を見てください」
ユークリスが何かに気付いて、石板の一部を指さした。
私たちが注目する。ユークリスが見つけた変化に、私たちはすぐに気づくことができた。真っ黒に変色した石板の中で、かの人物の左胸だけが白く描かれている。
ぽっかりと胸に穴が空いているかのような描き方をされていた。
「あれは心臓? それとも……穴が空いているのかしら」
「ハッキリとはわからないな。けど、他が全部真っ黒であそこだけ白いっていうのは……意味はあると思ったほうがいいか」
「そうね。けど……期待していた何かが描かれているわけじゃなかったのね」
正直、落胆した。
ここまでに至る道のりは、決して平坦ではなく劇的と呼んでもいいほど色濃かった。守護者たち一人一人と接触し、時に争い、時に隠してきた秘密を聞かされ、肉親とも向き合い……やっと手に入れた鍵。
それが、こんな意味のわからない石板の変化だけ……というのは、いささか割に合わない。
せめてもっと……私たちの異能について革新的なことが知れたら……。
そう思いながら、私は何気なく石板に触れた。
直後、私が触れた箇所からまばゆい光が放たれる。
「なっ、これは――」
「光? セレネさん!」
「これは……」
光は私たちを包み込む。
私たちを照らし、放たれた光は瞳を通して脳へと達する。これはただの輝きではない。私の頭の中には、見知らぬ映像が流れていた。
◆◆◆
今から数百年以上の昔のお話。
世界は平和だった。小さな争いこそあれど、人々はともに助け合い。技術を磨き、文明を作り上げていた。
少しずつ、しかし確かに人口は増え続けて、いつしか大きな国々が誕生した。
国が生まれたことで、人々の生活はより豊かに、そして安全なものになったと言える。ただしそれは、最初だけだった。
小さな小競り合いは、いつの間にか国同士の領土、民衆をかけた戦争へと発展した。
手に入れた技術を駆使し、他者から情報を、技能を奪い取るために。その先の、国のさらなる繁栄のために多くの血が流れた。
それも仕方がないことだろう。
何千、何万、何億という人間が存在している。姿形の違いだけじゃなく、考え方や性格が同じ人間なんて一人もいない。
同じ時を、同じ場所で過ごそうとも、まったく同じ思考の人間に成長するわけじゃない。だからこそ、対立は起こってしまう。
人々は争う。深層心理では平和を望みながら、平和を手に入れるために戦わなければならない矛盾と葛藤して。
そうして、世界に転機が訪れる。
否、転機ではなく、悲劇と呼ぶべきだろうか。
ある時、とある国が一夜にして滅んだ。他国との争いで敗れたわけでもなく、内紛で国が崩壊したわけでもない。
彼らは襲撃を受けたのだ。未知なる生命体によって……。
その生物は異形である。動物ではなく、昆虫でもなく、もちろん人間でもない。まったく新しい生物……凶暴で残忍な生命体を、彼らは魔獣と名付けた。
そう、世界で初めて、魔獣が誕生してしまったのだ。
どうして突然、魔獣が誕生したのかはわからない。考えるより先に、人々は選択を迫られた。このまま人間同士で争い続けるのか。未知の脅威に対抗すべく、手を取り合うのか。
結論はすぐに出た。
国同士の争いは一旦休戦し、魔獣と戦うために立ち上がったのだ。
共通の敵が生まれることで、争っていた者たちが団結する。皮肉なことに、新たな争いのおかげで、長く続いた戦争は止まった。
それほどまでに、魔獣の存在は脅威だったのだ。
人々は団結し、魔獣に挑んだ。
セラフ、ヴィクトル、ハリスト、ラファイ、ルフス、アギア。
原初と呼ばれる六体の魔獣によって、一つ、また一つと国が滅ぼされていく。人は多くとも、決して強い生き物ではなかった。
生物としての圧倒的な差を思い知らされ、人々の心は折れかけてしまう。そうして人々は心の中で願った。
人類の未来に希望の光を――
どうか、悪しき魔獣を退ける存在が、生まれてきてほしい。
その願いが現実のものとなる。
数多の国々は滅び、事実上最後の国家となった王国に、一人の王子が誕生した。その王子には特別な力が宿っていた。
未来を見据え、大地を砕き、水の流れを支配し、大気を感じ、森の恵みに癒され、太陽の輝きが人々を鼓舞する。
異能と表すべきその力は、人々にとって希望そのものだった。
王子の下、人々は魔獣と戦うだけの力と気力を得た。しかし、王一人では足りなかった。六体の魔獣は、国々を滅ぼすために力を蓄え、成長していった。
故に王は、自らと人々を守るべく、その異能で新たな異能者を生み出した。六体の魔獣に対抗すべく生み出された六人の異能者たち。
王の下、守護者たちは原初の魔獣と死闘を繰り広げ、四年の月日をかけてようやく、原初の魔獣たちを討伐した。
彼らは人類を救った英雄となった。争っていた国々は滅び、最後に残された国家の国王が、人類を統治する支配者となる。
王の傍らにはいつも、六人の姿があった。
後に彼らは、王の守護者と呼ばれるようになったという。






