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7.新しい生活

 よく夢に見る。

 温かい家庭に、幸せな未来。

 私には遠すぎて掴めなかった光景。

 綺麗な光に手を伸ばしても届かない。

 気づけば足元が崩れ落ちて、何も見えない闇の中へ真っ逆さま。

 その後は絶望だけだ。


 苦しんで、殺されて。

 泣いて、殺されて。

 諦めて、殺される。


 私が何を思おうと関係ない。

 助けを求めても、悲鳴を上げても、誰も気づいてくれない。

 運命に翻弄されながら悲しい結末を迎える。


 そしてまた、繰り返す。


 だからいつも眠るのが怖かった。

 目を覚ますのが怖かった。

 苦しい光景を見たくなかったから。


「ぅ……朝……」


 目覚めた私は窓を見る。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて、一気に目が覚めた。

 ベッドから起き上がり、部屋の中をぐるっと見渡す。

 続けて自分の身体も確認してみた。

 昨日のまま、どこも怪我をしたりしていない。

 今はまだ綺麗な肌だった。


「何もしてこなかったみたいね」


 一応警戒はしていたけど杞憂だったらしい。

 お父様も使用人も、私に危害を加えたりはしなかったみたいだ。

 ソレイユは最初から心配していない。

 私は小さく背伸びをした。

 昨日の疲れが少し残っている感じがする。

 ちょっとだけ身体が重い。

 

「着替えは……」


 探してすぐに見つけられた。

 ベッドの横に準備されている。

 当たり前のことだけど、過去の私にとってはそうじゃない。

 貴族の令嬢なんて名ばかりで、完全に放置状態。

 着替えの準備なんてしてもらったことは一度もなかった。


 私は着替えを手に取る。


「試してみようかしら」


 なんとなく着替えるのをやめて、私はパンパンと二回手を叩いた。

 そして扉のほうへ視線を向ける。

 すると部屋の扉が開き、メイドが姿を見せた。


「お呼びでしょうか? 当主様」


 本当に来たのね……。


「着替えを手伝ってもらえるかしら?」

「かしこまりました」


 メイドは言われた通りに着替えの手伝いを始めた。

 貴族の令嬢なら、こうして使用人に着替えをさせることは珍しくない。

 私は当然、一度もなかった。

 そして部屋の外では、いつでも主の呼び出しに対応できるように待機している。

 試してみたら本当に出てきて、ちょっと驚いている。


「お待たせいたしました」

「ありがとう。食事の準備はできているの?」

「はい。こちらにお持ちいたしましょうか?」

「うーん、そうね。いいわ。偶には食堂で食べましょう」

「かしこまりました」


 屋敷での食事は、いつも一人だった。

 お父様たちと一緒に食事を摂ることを許されず、自室の廊下に置かれた食事を一人で食べる。

 私の居場所は、この部屋しかなかった。

 だけど今は……。


「食堂へ行くわ」


  ◇◇◇


 自室を出て廊下を歩くと、使用人たちが頭を下げてくる。


「当主様、おはようございます」

「ええ、おはよう」


 つい昨日まで、屋敷の中でも虐げられていた私が、今では一番敬われる存在になった。

 使用人たちも手のひらを返すように礼儀正しくなっている。

 以前まで、廊下で私を見つけると腫物を触るような目を向けてきた癖に……。


「調子のいいこと」


 ぼそりと本音が漏れる。

 周りには聞こえていないだろう。

 敬われているのに、あまり嬉しくは感じないな。


 食堂に到着した。

 扉を開けた先からほのかに美味しそうな香りが漂う。

 長いテーブルには、すでに朝食が準備されていた。

 傍らにはシェフが立っている。


「お待ちしておりました、当主様。こちらへ」

「ええ」


 一番奥の席に案内された。

 当主が座る席、昨日までお父様が座っていた場所に。


「どうぞお召し上がりください」

「ええ、頂くわ」


 ナイフとフォークを手に食事を始める。

 食器にナイフが当たる高い音が響く。

 口に運んだ途端にじわっと広がる旨味に、思わず気が緩む。


「……美味しい」

 

 そう思ったのも久しぶりだった。

 私の元に運ばれてくる食事は、こんなにもしっかりしたものではなかった。

 平たく言えば残飯とか、テキトーなものだった。

 味のしないスープにカビの生えたパン。

 腐った野菜だけ、なんて日もあった。

 本当に久しぶりに、人間の食事というものを体感した気がする。


「ごちそう様。美味しかったわよ」

「ありがとうございます。もし何がご要望がありましたらお伝えください」

「そうね。考えておくわ」


 食事を終えた私は席を立つ。

 ここであることに気付いた私は、シェフに尋ねる。


「ちょっといいかしら? 私以外はもう食事を済ませたの?」

「いえ、まだ当主様だけです」

「そう。お父様とソレイユはまだなのね」

「はい。前当主様は昨晩から体調を崩されたようでして……」

「そうなの?」


 シェフはこくりと頷く。

 大方私のせいなのだろうけど、別に気に病むことでもないわね。

 お父様の自業自得だわ。

 気になるといえば……。


「ソレイユも?」

「いえ、ソレイユ様はお元気です。今は前当主様のお部屋にいらっしゃるかと」

「……そう」


 相変わらず優しいわね、ソレイユは。

 甘いというべきかしら。


 私は食堂を後にした。

 向かった先は自室、ではない。

 当主となった私は、お父様からその仕事も引き継いでいる。

 だから向かったのは当主の執務室だ。

 この家の当主だけが座ることを許された椅子に座り、無駄に大きいテーブルに向かい合う。

 すでにテーブルの上には書類が積まれていた。


「さぁ、始めましょうか」


 当主としてのお仕事を。

 これが今日から始まる私の日常。

 最後の一生になるんだ。

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