表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【WEB版】ループから抜け出せない悪役令嬢は、諦めて好き勝手生きることに決めました【コミカライズ連載中】  作者: 日之影ソラ
本編第二幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/74

67.憎しみの獣⑦

 タコ足の攻撃に加え、最初に殺し切れなかった魔獣まで加わっている。ディルは立会人を安全な場所に避難させている。彼の援護は得られない。

 ゴルドフとアレクセイは異変に気付くだろうか?

 いや、気づいたとしても戦えるようなコンディションじゃない。全て彼女の計算の上……私たちが弱ったところを殺すつもりだったんだ。

 ここに来て、ようやく彼女の不自然な余裕の正体がわかる。

 彼女は最初から、この決闘で勝つつもりなんてなかった。私たちを戦わせて、仲よく疲弊させることが狙いだったんだ。

 私たちはそれにまんまと乗せられてしまった。

 けれど、誰が気付けるだろう?

 身近にいた人物が、魔獣を引き連れ、自らも魔獣の力を宿して敵に回るなんて。


「貴女は……結局誰なの?」

「私はシオリアよ。そう言っているでしょう」

「貴女じゃないわ。その中に紛れ込んでいる……魔獣の意志に聞いたのよ」

「……ふふっ」


 シオリアは不敵な笑みを浮かべ、自分の胸に手を当て名乗る。


「私はシオリア……そして、アギア」

「アギア……それが、魔獣としての名前なのね」

「そうよ。最後にその名をよく覚えて死になさい」


 ついに私たちを守っていた影の壁が破壊されてしまう。咄嗟にソレイユを抱きかかえ、影の中に避難しようとする。

 が、それよりも早く、私の背後からタコ足の一本が伸びる。鞭のように撓らせるだけではない。足の先端は鋭く尖っていた。

 ソレイユを逃がすことに気を取られ、自身の防御を怠ってしまった一瞬の隙。私は視線を向けることが精いっぱいで、影は間に合わない。

 久しぶりに……懐かしい感覚が全身を襲う。


 ――死。


「さようなら。忌々しい子」

「お姉さま!」


 ああ、こんなところで私は死ぬのか。

 ディルが知ったら怒られてしまうわね。それより、悲しんでくれるかしら?

 また、どこからやり直せばいいのだろう。

 次は上手くやれるように……。

 私は諦めから瞳を閉じた。けれど、いつまで経っても痛みはなく、死の瞬間は訪れない。だから私は目を開けた。

 その視線の先に映っていた光景に、私は目を疑う。


「……え?」

「ぐ……は……」

「あら……どうして邪魔をするの? ラルド」

「お父様……?」


 私に迫った攻撃は、私に届く前に止められていた。

 自らの肉体を盾にして、ギリギリで届かないようにタコの足を握りしめ、食いしばった口元から大量の血が流れ落ちる。

 私のことを守ってくれたのは……お父様だった。


「どうして……」

「お父さま!」


 ソレイユの悲痛な叫びが木霊する。

 直後に正気に戻った私は、周囲の影を極限まで広げ、鋭利な無数の刃物のように変形させる。動きが止まったタコの足をバラバラに斬り裂く。


「っ……やってくれたわね」

「……」


 私はシオリアと向き合う。

 胸の奥からこみ上げる激情のような感覚に苛まれながら。


「けど残念ね? 今度こそ貫いてあげるわ」

「貴女は……」

「させるかよ」

「――!?」


 突然、隕石でも落下したかのように上空から何かが飛来する。

 落下したそれは地面を大きくえぐり、私たちを守る様に立ちはだかる。


「遅くなって悪かった。無事か?」

「ディル……」


 駆けつけてくれたのはディルだった。

 その右手には、血液を操って生成した剣が握られている。お父様やソレイユがいる状況で異能を使っていること、普段なら注意する場面だけど……。

 ディルも察していた。

 シオリアという怪物が、異能を隠して戦えるほど甘い相手ではないと。


「あなたはセレネの……ふふっ、そういうことね」

「お前は……何者だ?」

「それはこっちのセリフだわ! まさか影以外にも、私たちが知らない異能が生まれていたのね!」


 私たち……?

 その言い方はまるで――


「他にも仲間がいるのか? この計画も、お前一人のものじゃないな」

「どうかしらね。まぁいいわ。目的は果たせなかったけど収穫はあったもの。貴女たちの命は、次の機会にちゃんと貰ってあげる」

「――!」


 シオリアの足元に沼の穴が生成されている。

 彼女の身体は徐々に穴の中に吸い込まれていく。


「逃げる気か?」

「ええ、状況が変わったわ。追ってくるなら好きにしなさい。追えるなら……だけど」

「っ……」


 ディルは血の剣を振るってシオリアを攻撃する。しかしタコ足に阻まれ、彼の攻撃はシオリアまで届かなかった。


「くそっ!」

「貴方とは今度遊んであげる。さようなら……セレネ、ソレイユ……それから、ラルド」

「シオ……リア……」

「勘違いしないでね? 貴方のことは……ちゃんと愛していたわ」


 そう言い残し、シオリアは穴の中へと消えてしまう。彼女がいなくなった後で、タコ足も穴の中へと戻って行った。

 穴は閉じ、残ったのは倒された魔獣の死体だけ……。


「完全に逃げたな。どこにも気配がない」

「そうみたいね」

「怪我は?」

「ないわ。いいタイミングできてくれたわね。助かったわ」


 ディルが駆け付けてくれなければ、私たちはあのまま殺されていたかもしれない。一人ならともかく、ソレイユを守りながらの戦闘は終始不利だった。

 もちろん彼女を責めるつもりは一切ない。ただただ、自分の至らなさを痛感しただけだ。その結果、流れてしまった血の意味も……。


「悪いな、もう少し早く駆け付けておけば……」

「貴方のせいじゃないわよ」


 私が弱かったせいだ。


「お父さま! お父さま!」

「ぐっ……ぅ……」


 地面に仰向けで倒れ込むお父様に、ソレイユが必死で呼びかけている。腹には大穴が空いて、流れ出る血で小さな血だまりができそうだ。


「待っていてくださいお父さま! 今すぐ私の力で!」


 ソレイユは太陽の加護をお父様に与える。

 まばゆい光がお父様を包み込む。優しくて暖かい力が流れている。けれど傷が治ることはない。大きく空いた穴はそのままだ。


「無理よ。その加護は、他人を強化することはできても、癒すことはできないわ」

「そんな……ならお姉さまの!」


 私は首を横に振る。


「私の異能にも、傷を癒す力なんて備わっていないわ」

「っ……」 


 太陽と影、どちらの力に頼ろうとも、深々と空いた穴は塞がらない。森の守護者の異能ならあるいは……いいや、不可能だ。

 これほど深い傷を治す手立てはない。ぽっかりと空いた穴から、地面が見えそうだ。


「……いや、無駄ではない」

「お父さま!」

「少しだけ……苦しさが和らいだ……ありがとう、ソレイユ」

「お父……さま……」


 ソレイユの涙がお父様の頬にポツリと落ちる。

 お父さまは僅かに腕を動かそうとした。ソレイユの涙を拭ってあげようとしたのだろうけど、力が入らず動かせない。

 お父様は死ぬ。あの傷で意識を保っているのが不思議なくらい見ればわかる。

 異能もないのに、生身で魔獣の攻撃を受けたのだから当然だろう。

 わかっていたはずだ。それなのに……。


「どうして、私を助けたの?」

「お姉さま……」

「あの攻撃は私に向けられていた。ソレイユじゃなくて、なんで私を庇ったの? お父様は、私のことを憎んでいたのに」

「……ふっ、勘違いするな」


 お父様は震えた声で答える。もはや力もなく動かせない首を、無理矢理私の顔が見える様に回して。


「お前のことなど……嫌いだった」

「……知っているわ」


 自分が嫌われていることなんて、改めて言われなくてもループの中で私は理解している。だからこそ理解できないんだ。嫌いな相手を、命をかけて守る意味は何?

 その疑問に、お父様はゆっくりと口を動かす。


「嫌いだった……だが、心から憎んだことは一度も……ない」

「え……」


 思わぬ一言に、私は驚いてしまう。

 私はずっと嫌われていて、憎まれていると思っていた。だからこんなにひどい扱いを受けているのだと……。


「憎んでいない……? ならどうして、私に……」

「憎んではいない。ただ……苛立った。お前を見ていると……嫌でも思い出してしまうから……あいつの、顔を」

「――お母様の」

「そうだ。お前の母親……ニーナの顔だ」


 私は、自分の母親のことをよく知らない。

 私が生まれた時、すでに母親は亡くなっていた……と、聞かされている。会ったことはもちろんないし、名前だって聞いたことがなかった。

 聞いても誰も、教えてくれなかった。だから初めてだった。私の……母親の名前を知ったのは。


「ニーナ……それが、お母様の名前」

「ああ、教えていなかった……か」

「ええ、聞いても答えてくれなかったわ。一度も」

「……そうだろうな……口にすれば、思い出してしまう。あいつと過ごした……わずかな時間に、私は多くのものを貰った」


 お父様は過去を思い出すように虚ろな瞳で空を見上げる。どこか幸せそうな顔をしていて……お母様と過ごした時間がどういうものか気になった。

 いや、それ以上に思ったのは……。


「お母様のこと、愛していたのね」

「ああ、愛していたさ。心から……」

「……」

「シオリアと……同じくらいにな」

「お父さま……」


 お父様はソレイユに視線を向ける。

 少しずつ声量が落ちて、呼吸もゆっくりになっているのがわかる。命の終わりが近づいているんだ。ゆっくりと……終わりに向かっている。

 ディルもそれを悟ったのだろうか。

 彼は私たちの邪魔をしないようにゆっくり、私たちの視界から外れる様に距離をとっていた。彼なりに気を使ってくれているらしい。

 ソレイユといい、ディルといい、甘い人たちばかりね。

 私なんかとは違って。


「私は……お母様のことをよく知らない。会ったこともないし、今まで名前すら知らなかった」

「セレネ……」

「ずっと思っていたわ。どうして……私は生まれてきたのか。誰にも……望まれていないのに」

「それは……違うぞ」


 消え入りそうな声でお父様は口を動かす。

 小さくなった声は、耳を澄ましていないと聞こえないほどか細い。私たちは自然と、呼吸する回数すら抑えて、お父様が発する小さな声に耳を傾けた。


「何が、違うのよ」

「ニーナは……お前が生まれることを……心から喜んでいた。我が子の誕生を……喜ばない親などいない」

「……いるじゃない、ここに」

「私とて……嬉しかった」


 また、お父様の口から信じられない言葉が聞こえる。


「愛する人との子だ……嬉しいに決まっている。だが……その後、彼女を失った私は……お前に辛く当たった。苦しさを……怒りで誤魔化した」


 まるで後悔しているように、お父様の瞳からぽつりと涙が流れ落ちる。


「セレネ……すまなかったな」

「――!」


 初めて聞いた言葉だ。

 お父様からの謝罪なんて、ループも含めて一度だって聞いたことがない。それも、こんなに優しい声色で……。

 なんなんだ……何なのよまったく!


「お姉さま……」

「今さら……遅いのよ。そんなこと言ったって」

「今だからこそ……だ。どうせ、これが……最後……だからな」


 命の終わりを告げるカウントダウンが始まったような気がした。

 私の瞳は潤み、視界がかすれていく。瞳に溜まった涙が頬をゆっくりと流れる。地面に落ちてしまう我慢するように。


「セレネ……これからは、自由に生きればいい」

「何よ、そんなこと……」

「ああ、お前はもう、自由に生きている……のだろう? だから、それでいい……何も、気にすることはない」


 声が徐々に、聞こえなくなっていく。

 私の涙は唇の横まで流れて、あと少しで顎まで届く。


「自由に……好きに生きなさい。お前の……母が……そうだったように」

「言われなくても……そうするわよ」

「そう……か。なら……安心……だ」

「お父さま!」

「ソレイユを……頼む」

「……ええ」


 お父様の最後の遺言と共に、私の涙は地面に落ちた。

 ソレイユの悲しい叫びがコロシアムに木霊する。

 最初から最後まで、とんだ茶番だった。一番の道化は私だろう。結局守られて、愛されていたことさえ、気づけなかったのだから。

【作者からのお願い】


コミカライズ連載中です!

単行本は11月頃に発売予定ですので、ぜひぜひチェックしてください!



次回をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! URLをクリックすると見られます!

『没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしれきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!』

https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

第一巻1/10発売!!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000

【㊗】大物YouTuber二名とコラボした新作ラブコメ12/1発売!

詳細は画像をクリック!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ