6.資格なき者
ここから短編の続きです。
私の宣言に、パーティー会場の全員が驚愕していた。
同時に恐怖もしている。
私の足元から広がる黒い影。
漆黒の力に囲まれて、逃げ場をなくした小動物のように。
ここでやることは終わったわね。
私は影の力を解除して、彼らに背を向ける。
そんな私に震えた声でエトワールが問いかけてくる。
「ど、どこへ行くんだ?」
「……もちろん帰るのよ? 私の家に」
振り返らないまま答えた。
これ以上語ることなんてない。
私と彼はもう他人なのだから……。
「本当に……君はセレネなのか?」
歩き出そうとした私に、エトワールは消え入りそうな声でそう言った。
私は振り返り、ニコっと笑みを浮かべて彼に言う。
「……酷い人ね。婚約者じゃなくなったら誰かもわからなくなるなんて」
「っ――」
もちろん皮肉だ。
彼が言いたいことはわかっている。
今の私と、彼が知っている以前の私はまるで別人のようで……とても信じられない。
そういう表情をしている。
ただ……。
「私は私よ。セレネ・ヴィクセントはこういう女だったの……気付かなかったでしょう?」
確かに変わった。
それでも、全てが変わったわけじゃない。
彼が知る私の中にも、今の私はいた。
同じ人間なんだから当然でしょう?
誰も見ようとしなかっただけで、私はずっと彼の前にいたのよ。
もし気付いてくれていたら……。
「……今さらね。もう私には関係ないわ」
他人になった今、私と彼にはなんのつながりもない。
ただの他人に期待することなんて一つもない。
私はもう一度彼に背を向けて、ゆっくり歩き始めた。
誰も声はかけない。
静かに、足音だけが響く。
◇◇◇
夜道を歩く。
影を使えば一瞬で屋敷には戻れる。
そうしなかったのは、なんとなく歩いて帰りたいと思ったから。
そういう気分だった。
「意外と寒いわね」
吹き抜ける夜風が冷たく感じる。
周りには誰もいなくて、一人きりだと自覚する。
孤独は感じても、それを悲しいとは思わない。
必ずしも誰かが一緒にいることで、幸せになれるとは限らない。
私はそれを嫌というほど味わった。
もっともこれから先のことを考えたら、孤独を感じている余裕なんてなさそうだ。
「でも、今日は休もうかしら。さすがに疲れたわ」
歩きながら呟いて、ぴたっと足をとめる。
まだまだ屋敷までは遠い。
このまま歩いたら一時間以上かかる。
歩きたかったのは気分転換みたいなもので、それは十分に果たせた。
そう納得して、私は影の中に潜る。
こうして力さえ使えば一瞬で屋敷に戻れる。
改めて思うけど、便利な力ね……。
移動先も影があって知っている場所ならどこでも選べ……?
屋敷の自室の影から出ようとした私は、出る直前に気付く。
部屋に無数の人の気配がある。
お父様とソレイユ、二人ならわかるけど、十人以上の気配が部屋の中にあった。
咄嗟に移動先を変えて、屋敷の庭から出る。
そこで待っていたのは――
「そういうことね」
「待っていたぞ。セレネ」
目の前に立っているのはお父様……だけではなかった。
一人、二人……もっとたくさん。
剣と鎧で武装した兵士たちが集められている。
まるで屋敷を守るように陣形を組んで。
「盛大なお出迎えね。お父様」
「ああ、そうだろう。我が家の親衛隊、総勢五百名が集まっている」
「ほぼ全員ですね」
異能を宿した貴族の家柄には、独自で兵隊を持つことが許可されている。
パーティーに時間をかけすぎたらしい。
私がいない間に、お父様は親衛隊を集めて待機させていた。
さっき部屋から感じた気配も兵隊たちだったのだろう。
私が出てきた瞬間に攻撃、あるいは捕らえるつもりだったに違いない。
「はぁ、勝手に私の兵を使わないで頂けますか?」
「お前のではない。私の親衛隊だ」
「違うわね 今はもう、私がこの家の当主よ。親衛隊に命令する権利は私にあって、お父様にはないわ」
「黙れ! お前が当主など、認めるはずがないだろう!」
激昂したお父様の声が屋敷に反響して聞こえる。
私は呆れてしまった。
まだ現実を認められていないことに。
大きくため息をついた私に苛立ったのか、舌打ちをしたお父様が親衛隊に命じる。
「セレネを捕えろ! 抵抗するなら手足を斬り落しても構わん!」
「はっ!」
親衛隊が武器を抜き、構える。
「実の娘にそんな命令を下すなんて……本当、最低ね」
私はパチンと指を鳴らす。
瞬間、親衛隊が動きを止める。
彼らの身体には影がまとわりつき、動きを封じている。
「こ、これは……影の力!?」
「見ての通りよ」
「くっ、当主様! どうか我々に太陽のお力を!」
「っ……」
「当主様?」
異能による支援を求める親衛隊の声に、お父様は苦い顔をした。
その反応、表情がお父様のついた嘘を物語っている。
「ふっ、そういうことね。駄目じゃないお父様、ちゃんと全部伝えないと」
「だ、黙れ!」
「いくら期待しても無駄よ。お父様にはもう、異能の力はないんだから」
「なっ、ど、どういうことだ?」
「言葉通りの意味よ。今のお父様に太陽の力はない。異能を失ったの」
私が伝えた真実に、親衛隊の皆が動揺を露にする。
予想通りの反応で呆れてしまう。
やっぱりお父様は真実を全て語っていなかった。
大方、私が異能を開花させて乱心したとしか話していなかったのでしょう。
自分のことは伝えていない。
最も肝心な……当主としての資格の消失を。
「お父様は当主である資格をなくしたわ。だから私が引き継いだの。もう当主は私、だから貴方たちが従うべき相手も、お父様じゃないわ」
言えば彼らは従わない。
なぜなら、彼らはお父様の部下ではなく、この家の当主を守るために存在しているのだから。
当主でなくなり、異能をなくした今、お父様の命令に従う理由はない。
それに気づいた彼らは次々と剣を収めて片膝を突く。
「失礼いたしました。当主様」
「いいわ。今後は気を付けなさい」
「はっ!」
この瞬間、私は屋敷にあるほぼ全ての権力を手に入れた。
お父様から奪ったんだ。