56.太陽が昇る②
セレネが去った玄関に残されたソレイユとシオリア。
ソレイユはセレネが歩き去る背中を無言で見つめ、彼女が見えなくなるまでその場にたたずんでいた。
「お姉様……」
口にはできずとも、様々な想いが彼女の中で渦巻いている。しかし、本当の想いを伝えることを、彼女は許してくれない。
「ダメよ、ソレイユ」
「お母様」
シオリア・ヴィクセント。ソレイユは実の母親である彼女の言葉には逆らえない。
「悪いと思ってはダメ。言ったでしょう? 悪いのは全部セレネなの。彼女が貴女から当主の座を奪ったのよ」
シオリアは顔をソレイユに近づけ、御呪いでもかけるように、そっと耳元で囁く。ソレイユはその言葉に震えていた。
「で、ですがお母様」
「口答えをするの? 私に?」
「――! ご、ごめんなさい、お母様」
「ふふっ、いいのよ。可愛い可愛いソレイユ」
シオリアはソレイユの頬を撫でる。優しく、少しだけいやらしく……娘をめでる様子には見えず、どこか玩具を撫でているだけの子供のように。
「貴女は何も考えなくていいのよ。ただ私の言う通りにしていれば幸せになれるわ」
「……はい。お母様」
幸せとは何か。
ソレイユの頭にはそんな疑問が浮かび、口に出すこともできず静かに胸の奥へとしまい込んだ。
◇◇◇
「――本当なのか?」
「私が嘘を言っているように見える?」
「……」
遅れて屋敷へと戻ってきたディルが、私の顔をじっと見つめる。訝しむような視線が数秒続いて、呆れたようにため息をこぼす。
「見えないな」
「よくわかってるじゃない」
「最初から疑ってたわけじゃない。ただ……急すぎてな」
「私だってそうよ」
ディルにはすでに説明してある。
ソレイユが異能を開花させていたこと。その事実と共に、彼女の母親であるシオリアが本宅へ戻ってきて、ソレイユを当主に押し上げようとしていること。
「ユークリスとはゆっくり話せたの?」
「ああ、おかげさまでな。あいつもお前に感謝してるよ」
「そう。ならよかったわ」
「俺たちはな。お前はそれどころじゃないだろ?」
「そうでもないわ。予想していたことでしょう?」
太陽の異能を覚醒させるならソレイユしかいない。そう予想を立てて、明日には直接尋ねるつもりでいた。
急展開ではあったけど、当初の予定を前倒しにできたのはいいことだろう。と、前向きに考えることもできるけど、ディルの言いたいことも理解できる。
「どうするつもりだ? まさか当主を譲る気はないと思うが」
「当然よ。今の立場は便利だもの」
「便利ねぇ。まぁ理由はともかく、当主を交代する気がないのはわかった。俺としてもそっちのほうが有難い」
「でしょうね。貴方の存在がバレるといろいろと面倒だもの」
忘れ去られた元王族で、月の異能を持つ不死身の守護者。大地の守護者との一件もあって、彼の存在は要注意人物として認識されている。
私が彼と共に行動していたことが露見すれば、当主の座を失う以上に面倒なことが起こることは明らかだった。
「だが、こっちはそのつもりでも、相手は黙っていないんじゃないか?」
「関係ないわ。今の当主は私だもの。私の意志を無視することはできないわ」
「じゃあ無視し続けるのか?」
「……そうね」
正直、私は少し悩んでいた。
このまま放置し続けるほうが得策なのか。当主としての立場を守るなら、それでもいい。けれど私たちの目的は、当主の座を守ることより……。
「太陽の異能を、どうやって奪うか……ね」
奪うだけなら簡単だ。
異能を開花させたとは言え、ソレイユは甘い。お父様のように、異能を振りかざし私を攻撃することも難しいはずだ。
強引な方法をとれば、異能を奪うなんて簡単に終わる。
ただし、私たちには立場がある。私はヴィクセント家の当主として、彼女もまた、当主となる異能を開花させたもう一人の候補として。
同じ家に、異なる異能を宿した候補者が生まれた事例など初めてのことだ。少なくとも記録された歴史の中には残っていない。
まず間違いなく、多くの貴族たちが注目するはずだ。
そんな中、私が強引に彼女から異能を奪おうとすれば、最悪の場合全ての貴族たちが敵になる。けれど力のない貴族がいくら徒党を組んでも関係ない。
問題は、ヴィクセント家を除く守護者の家系の動向だ。
一人一人ならともかく、彼らが全て敵に回ってしまえば、今後の行動にも支障をきたす。
できるだけ目立たず、穏便に済ます方法はないかと考える。すると、一緒に考えてくれていたディルから提案が聞こえる。
「寝ているところで、こっそり拝借するのはどうだ? お前の異能なら簡単だろ?」
「……ディル」
「なんだ?」
「貴方って意外とひどいこと考えるのね」
「なっ!」
意外だった。まさかディルの口から、女の子の寝込みを襲ってしまえ、みたいな意見が飛んでくるなんて。
ディルは慌てて言い訳をする。
「別にひどいことをするわけじゃないだろ? というか、するのは俺じゃない」
「そうね。けど意外だわ。私よりも先に思いつくなんて」
「むしろお前は思いついてなかったのか? 真っ先に考えそうだと思ったんだが」
「ふふっ、残念ね。貴方のほうが先だったわよ」
適度にディルをからかって、私は彼の意見に賛同する。
「いいアイデアね。採用するわ」
「それはよかった」
「今夜実行するわ。貴方も一緒にくる?」
「俺は遠慮しておく」
「あら、残念」
一緒に来てくれたら、女性の寝室に忍び込んだ酷い人、という煽りでからかえたのに。






