53.終わらない今③
「あくまで仮定なので、そうだと断言はできませんが……」
「いえ、十分よ。私じゃずっと見落としていたわ。よく気づいてくれたわね」
「お役に立てたのなら嬉しいです」
嬉しそうにニコッと微笑むユークリスを見て、少しだけ褒めてあげたい気分になった。子供らしさも相まって、母性本能をくすぐるのだろうか。
改めて見ても、二人が兄弟とは思えない。似ていると言えば似ている部分はあるけど、やっぱり別人だと言われても不思議じゃない。
じっとディルを見ていると、彼は首を傾げる。
「なんだ?」
「……弟のほうがあなたより賢そうね」
「うっ……俺を馬鹿みたいに言わないでほしいんだが」
「そ、そうですよ! 兄さんはボクより頭もいいです!」
「やめろユークリス……なんだかみじめだ」
「ふふっ」
やっぱり兄弟ね。ちゃんと息も合っているし、仕草さ笑い方もよく似ている。もしも異能が発現せず、ずっと一緒に生活していたら……二人はもっと似ていたのかもしれない。
兄弟とはそういうもので……当たり前なことだ。
だとしたら、私と……。
「ソレイユ」
「セレネの妹だな」
「ええ。もし太陽の異能を発現するとしたら、彼女しかいないわ」
「放っておいたら、セレネにもう一つ発現する……とかはありえないのか?」
「可能性は低いわね。もしも二つ発現できるなら、太陽の異能だけ遅れている理由の説明ができないでしょう?」
「それもそうか」
二つの異能を宿した人間は、過去から現代において一人も確認されていない。長い歴史の中で、異能を宿す家同士が血を交わらせた事例もあった。
子供は二人生まれ、それぞれが別々の異能を宿していたという。
何より、異能を宿した今だからこそ感じられるこの力の大きさは……とても二つも抱えられるような代物じゃない。
改めて考えても、ソレイユに太陽の異能が覚醒する可能性が一番高そうだった。
私はディルに尋ねる。
「ソレイユの様子はどう? 異能に覚醒している感じはあったかしら?」
「……なんで俺に聞くんだよ」
「私より貴方のほうが話す機会も多いでしょ?」
「気づいてたのか」
「当然よ」
私が当主になってから、ソレイユはよくディルに私の様子を尋ねていた。何度か廊下で話している姿を目撃している。
「知ってるなら声をかけてあげたらいいじゃないか」
「私から? 別に、あの子と話すことなんてないわよ」
「その割には気にしてるよな。屋敷でも必要以上に、彼女と接触しないように気を付けているだろ?」
「余計なことを考えたくないだけよ」
私には目的がある。ループの手掛かりを探すために、自分以外の守護者から異能を奪う必要があった。
異能者でもなければ当主でもない。そんな彼女には関係ないことだ。だから話すことなんて何もないし、関わる必要もなかった。
けれど、それが今になって……関わらなければいけなくなった。
正直、少しだけ憂鬱だった。
「とりあえず、明日にでも聞いてみるしかないわね」
「ちなみにだけど、なんて聞くつもりだ?」
「貴方、異能に目覚めているんじゃないの?」
「……もう少し優しい聞き方をしてやってくれ。怖がられるぞ」
ディルが呆れてため息をこぼす。
「そう思うなら貴方が代わりに聞けばいいじゃない」
「それはダメだ」
珍しくキッパリとディルは否定した。ディルなら文句を言いながらもやってくれそうな気がしていた私は、思わず面食らってしまう。
そんな私にディルは真剣な表情で言う。
「お前たちは姉妹だろ? 姉妹の問題は姉妹で解決すべきだ」
「……ディル、説得力ないわよ」
「うるさいな! 俺のことはいいんだよ! 確かにお前にも手伝っては貰ったが、ちゃんと言うべきことは自分で言った! はずだよな?」
ディルは不安そうにユークリスに視線を向けて確認する。するとユークリスは優しく微笑み、軽く頷いて肯定してくれた。
ホッとするディルは改めて私に言う。
「だから、お前も自分で妹と向き合うべきだ」
「偉そうによく言うわね」
「いいんだよ。俺が言わなきゃ、誰も言わないだろ?」
「……そうね」
きっと、私に言いたいことがあったとしても、多くの人は怖がって口に出せない。家族であっても……それは変わらない。
そう考えると、思ったことをずばっと言ってくれるディルの存在って、私にとっては唯一なのかもしれないわね。
「ふふっ」
「急にどうした? 思い出し笑いでもしたか?」
「なんでもないわ。それじゃ、うるさいから明日自分で聞くわよ」
「そうしてくれ。俺は隣で見守っておく」
「ボクはその場に行けませんが、王城で応援しています。頑張ってください、セレネさん!」
「ええ」
ユークリスからの応援も貰い、私は石板を見上げる。
「今日はここまでね」
「はい」
「そうだな」
これ以上、石板からわかる情報はなさそうだ。
「じゃあ今日は解散ね」
「あ、その前に一つだけいいか?」
と、呼び止めたのはディルだった。
彼は改まった様子で、私に話しておくことがあると口にする。この時点で私は、彼が何を伝えたいのか察しがついた。
「俺はお前に謝らないといけない。俺は――」
「言わなくていいわよ。それはもう聞いた話だから」
「え、聞いたって……ああ、ループで」
「ええ」
この場所で、彼は私に謝罪した。
死にたいという願いは真実ではなくて、本心ではみんなと共に生きていたい。だから、異能というもの世界から消してしまいたい。
死を望んだ彼の本当の願いは、普通の人間として生きて死ぬことだった。
改まって言うことじゃない。私は、ずっと前から気づいていた。
口では死にたいと言いながら、彼はいつだって生きることを考えていた。死を恐れ、抗っているようにも見えた。
「貴方は死にたいわけじゃない。ただ、普通に生きて、普通に死にたいだけ……でしょ?」
「ああ、その通りだ」
そう言って彼は苦笑いをする。
「なんだか複雑な気分だな。決死の覚悟で伝えようとしたことを、先に言い当てられた上、理解もされているとか」
「安心して。明日、夢から覚めれば全部思い出すでしょ?」
「それはそうなんだが……なんとなく負けた気がするんだよ」
「何よそれ。勝負なんてしてないわよ」
ディルは意外と負けず嫌いだ。
「じゃあ、いいんだな? 俺は異能を消し去りたいと思っている。ユークリスも」
ディルが彼に視線を向けると、彼は頷く。
「ボクも兄さんと同じ想いです。異能の力は強力で、便利なものです。でも、人は特別な力なんてなくても生きていけます」
「ふふっ、同じセリフね」
あの時のユークリスとまったく同じセリフを耳にして、なんだか不思議な気分になる。同一人物なのだから当然だし、今までだって何度も経験したはずなのに。
私は二人の言葉を聞き、小さく笑って答える。
「いいわよ。異能がループに関係している可能性が高いみたいだし、私も……こんな力を望んでいたわけじゃないもの」
結局のところ、私もディルと同じなんだ。
特別な力なんていらない。境遇も、立場も、権力だって必要ない。ただ、普通の人間のように生きて、最後は幸せに死ぬことができたら……。
「不思議ね。初めて会った時は、私たちの目的は対極にあったのに」
「あの頃から間違っていたんだ。少なくとも俺はな」
「そうね」
だったら尚更、この関係は間違っていないのでしょう。
私たちはお互いの目的を果たすために共犯者となった。そして今も……。
「私の願いはあの頃から何も変わっていないわ。それが達成できるのなら、異能を消すことになっても躊躇はないわよ。仮にそうなって、この国がどうなっても構わないわ」
「そこは心配いりません。国のことはボクのお仕事です」
「俺も手伝うさ。もう王族には戻れそうにないけど、補佐くらいはできるだろ」
「兄さんならボクより国王に向いていますよ」
「やめてくれ。俺よりずっと若いのに国王として頑張ってる。お前以上の適任はいないよ」
「同感だわ」
私もディルと同じ考えだ。幼いのに国王としての役目を果たせている。この結果こそ、ユークリスの王としての素質を証明していた。
「そう……なんでしょうか」
「ああ、自信を持て。これからは、俺も傍にいるから」
「兄さん」
「よかったわね。ユークリス」
「はい!」
満面の笑みを見せるユークリス。
もはやそこには、自死を願ったかつての彼はどこにもいない。ただ兄を慕い、共にいられる時間を心から喜ぶ一人の少年がいた。






