51.終わらない今①
命には死という終わりがある。この世に生まれた生命は必ず、死という終着点へとまっすぐ歩き始める。
誰もが知っている当たり前のことで、みんないつの日か訪れる終わりの瞬間を恐怖し、一秒でも長く生き続けたいと願う。
死とは恐ろしく、辛いものだと思いがちだ。ただ、何も悪いことばかりじゃない。終わりがあるからこそ、限りある生を後悔なく生きようとする。
限りある命だと理解しているからこそ、命と命は惹かれ合い、生きた証をこの世に残そうと思えるのだろう。
もしも、生きている間に願いを全て叶えることができて、何一つやり残したことはないと言い切れる人生を送れたなら、死は悲劇ではなくなる。辛く苦しい人生を送っている者にとっても、死という終わりは救いになるかもしれない。
そう、人生には終わりが必要なのだ。
終わりがない人生を、限りのない今を自堕落に生き続けることに意味はない。死んでも死ねない身体、死んでも巻き戻る時間……それは、空しいだけだ。
◇◇◇
王城の地下に隠された部屋。そこには巨大な石板がある。王族しか立ち入ることが許されない場所に、王族ではない私は足を踏み入れている。
初めては許可なく侵入して、石板の存在を知った。
それが今や、現国王と共に正式な許可を得て石板のある部屋に立ち入っている。人生は何が起こるかわからない。だからこそ意味がある。
そんなことを噛みしめながら、突きつけられた現実と向き合い、私はため息をこぼす。
「はぁ……また、この時間ね」
私の眼前には石板がある。
中心には人間らしきものが描かれていて、その人物の左胸には円が描かれている。円は心臓を表しているのだろう。そこへ四方から六つの手が伸びている。
初見で私たちはこれを、王の心臓に手を伸ばす六人の守護者たちだと解釈した。守護者はその名の通り、王を守るためにいるとされている。
しかしどう見てもこの絵の中では、王を守ろうとするのではなく、その心臓……力に手を伸ばそうとしていた。
そして、石板に手を触れた途端、その一部が変化したことにも驚いた。石板の左上、太陽と月が描かれていた部分と、中心人物の陰らしきものが描かれていた場所。
二か所が灰色から黒へと変色した。変化した部分に何が描かれているかわからない。だけどこの変化のおかげで、石板にはまだ隠された何かがあると気付けた。
そうして私たちは、石板を完全に変化させるため、他の異能者から異能の一部を奪うために行動を開始した。
幸いなことに、私は異能者の中でも異端だ。不吉の象徴とされる『影の異能』には、他の異能を吸収する力が備わっている。
この力を使い、他の五人の異能者たちと接触し、時には戦闘を繰り広げたりして、無事に全ての異能を手に入れることができた。
ようやく秘密がわかる。私がどうしてループし続けるのか。その答えを知れば、ループという地獄から解放される。
私は期待していた。だからこそ、落胆は大きかった。
私の眼前の石板は、以前に見せた変化で止まったままだ。触れようとゆっくり手を伸ばして、ピタリと途中で止める。
そんな私を隣で見守っていたディルが、目を細めて名前を呼ぶ。
「セレネ」
「……ええ、わかっているわ」
私は手を引っ込めて、改めて石板を見上げる。
「確認するが、ループしたのは石板に触れた直後だったんだな?」
「そうよ」
「石板の変化は?」
「する前にループしたから見られなかったわ。けど、何かが変わりそうな気配はしたわよ」
私は石板を見つめながら、状況を整理するようにディルと話す。
今の私の中には、太陽を覗く五つの異能の力が宿っている。各守護者の身体に触れることで回収した力の一部だ。
この状態で触れることで、石板に異能の力が吸収され、まだ変化していない残りの部分にも変化が生まれる……はずだった。
私がこの石板に触れた途端、気が付けばベッドの上で眠っていた。今までのように殺されたわけじゃない。
十一回目にして初めて、死以外の理由でループさせられた。もっとも、これまでのように婚約破棄される場面まで巻き戻りはしない。
石板に触れる前日の朝に戻っただけだ。どういう理屈かわからないけど、ループで戻される地点が更新されている?
もしくは死んでループしたわけじゃないから、一日しか戻されなかったのか。理由はわからないまま、私たちは確認のために石板の部屋へ訪れていた。
「意味がわからないわね」
「ああ、けどよかったよ。誰かに殺されたり、苦しんんで死んだわけじゃなくて」
「それはさっきも聞いたわ。ひょっとして、あなたまでループしているのかしら?」
「はっ、まさか」
冗談交じりで言った私の一言に、ディルは呆れたように笑いながらそう答えた。
ディル・ヴェルト。かつてこの国の王族だった彼は、月の異能に目覚めたことで世界中から忘れられてしまった。
記憶からだけではなく、世界中にあった彼の痕跡も抹消されてしまった。まるで、ディル・ヴェルトという男は、最初からいなかったかのように……。
彼のことを覚えているのは、世界で唯一、彼の実の弟であり、守護者を束ねる現代の国王だけだった。
自分が生きていることで弟を不幸にしてしまう。終わらない今を無意味に生きることにうんざりした彼は、私に殺してほしいと懇願した。
不死身の肉体を持つ彼は、どんな怪我や病気をしても瞬時に回復してしまう。心臓を潰されようとも、首をはねられたとしても、彼は生き続ける。
そして彼は、私がループしていることを知っている数少ない人で、ループ中の記憶の一部を補完することができる。
私たちがお互いの目的を果たすために、互いを利用し合う関係……協力者ではなく、共犯者と呼ぶべき関係になった。
石板には月の異能の秘密、彼がどうして世界中から忘れられてしまったのか。石板はそれらを知る希望だった。
表情や言葉には一切見せないけれど、彼も落胆しているに違いない。
そしてもう一人、ガッカリしているであろう人物が口を開く。
「ともかく、セレネさんが無事で何よりでした」
「無事ねぇ……何も得られなかっただけよ?」
「それでもです。こうしてまた、お会いすることができてボクは嬉しい」
「……そう」
優しい笑顔を見せる少年こそ、この国を統べる王であり、異能者たちが守護する存在。ユークリス。ヴェルト、現代の国王様だ。
王の異能を受け継いだ彼は、幼くして国王の座についた。その日をきっかけに、兄であるディルは存在を忘れられ、世界でディルのことを知っている唯一の存在になってしまった。
兄のことを慕っていた彼にとって、兄に起こった悲劇は耐えがたく……そして、原因が自分にあると考えた。
異能が発現したタイミングは二人とも一緒だった。彼が王の異能に目覚めた時、ディルは月の異能に目覚め、存在を忘れられた。
自身が異能を覚醒させたせいで、兄は忘れ去られてしまったのかもしれない。そう考えた彼は、初めて私と会った時、自分を殺してほしいと懇願した。
子供ながらに真剣で、心から死を望んでいる姿は、とても自分より年下の少年が見せる覚悟ではなかった。
もしもあの時、私が断っていなければどうなっていたのだろう?
王が死んだ後で、異能はどう変化したのだろう。もしかしたら、全ての異能が消え失せて、私の問題も解決していたかもしれない。
ただ、その場合の結末は……考えるまでもなく決まっている。だから、ちゃんと拒絶した過去の私にお礼を言いたいくらいだ。
「けど、何も得られなかったことは嘆かわしいわ。せっかくここまで来たのに、何の進展もなかったということよ」
「そんなことはありません。セレネさんがループを体験したおかげで、この石板にお二人に起こっていることと関係する何かが隠されている……という仮説がより確かなものになりました」
「そうだな。意味もなくループしたとは思えない」
「はい。兄さんの言う通り、意味はあるのだと思います。そして、見られなかったということも大きな進展です」
私とディルの後ろで話していたユークリスが、ゆっくりと前へ歩き出し、私たちより前に出て石板に触れる。
そして、彼はおもむろに石板に触れた。
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