5.宣言
「ごめんなさい、ソレイユ。私はもう、今までの私じゃないわ」
「……お姉さま?」
「私ね? お父様に代わってこの家の当主になったのよ」
「お姉さまが当主に?」
「ええ。貴女も見ていたでしょう? 私の異能……この、影の力を」
今回は自分のために、好きなように生きると決めた。
ソレイユのことは嫌いじゃないけど、もし邪魔をするなら……。
だから今のうちから彼女に知ってもらおう。
私は優しくなんてないことを。
怖くて恐ろしい悪者になったんだって。
私は出来るだけ恐ろしさが伝わるように、影を操り大きな魔獣の形を作る。
「お……姉さま……」
「ソレイユ、貴女も怪我をしたくなかったら、私の邪魔をしないことね」
「……」
「セレネ貴様! ソレイユにまで!」
縛り付けていたお父様が私を睨む。
私は小さくため息をこぼし、お父様を影から解放した。
「ごほっ、ごっ……」
「命拾いしたわね、お父様。ソレイユに免じて、今回はこのくらいで許してあげるわ」
「くっ、セレネ!」
「でも、次はないわ。今度私の邪魔をしたら、お父様でも手は緩めないから」
冷たく殺意を込めて言い放つ。
最初で最後の忠告。
聞かなければ、その時はさっきの続きをすることになる。
さてと……。
ここでやることは終わったし、そろそろ行きましょう。
私は二人に背を向ける。
「ま、待て! どこへ行くつもりだ?」
「パーティー会場よ。一つやり残したことがあったのを思い出したわ」
「やり残したこと……だと?」
「ええ。せっかく当主になったのだもの! ちゃんと、外の人たちにも伝えなきゃいけないわ」
ニヤリと笑みを浮かべ、お父様に言い放つ。
お父様は焦った顔をして右手を伸ばす。
「なっ、待つんだ!」
「じゃあ行ってくるわ」
お父様の制止を無視して、私は影の中に潜る。
会場ではパーティーが続いている。
私が去った後も、多少のざわめきを残して。
「なぁエトワール、あの反応はなんだったんだ?」
「わからない。あんな彼女は初めて見る」
エトワールから事情を聞いていた周囲の貴族たちも首を傾げていた。
彼らが期待していたのは、悲しむ姿か、慌てふためく姿だったのだろう。
実際にはそんな素振りは一切見せず、堂々とこの場を去って行った。
そして――
「こんばんは、皆さん」
「セレネ?」
私は再び、会場へと戻ってきた。
エトワールを含めて、会場にいた人たちは全員驚いている。
当然の反応だろう。
あれだけ堂々と去っておいて、また戻ってくるなんて予想していなかっただろうから。
「どうしたんだい? まさか、さっきの発言を撤回しにきたのかな?」
「ふふっ、そんなはずないでしょう? 貴方との婚約なんて、今の私にはどうでもいいことだわ」
「っ……だったら何をしに来たんだい?」
「挨拶をしに来たのよ」
「挨拶?」
「ええ。ヴィクセント家の当主として」
言い放つと同時に、私は異能を解放する。
足元の影を広げ、会場を包み込む。
「こ、これは異能? しかも【影】の……」
「そうよ。これが私の力」
「セレネ……き、君が異能を受け継いで……当主になったというのか?」
「ええ、その通りよ。前当主のお父様の力は失われたわ。今日からは私が当主よ」
その意味がわからないほど、エトワールも馬鹿じゃない。
彼はとっくに気付いているはずだ。
私が当主になったということは、今までお父様にあった権力の全てが私に移ったということ。
家のことはもちろん、家同士で結んだ約束事にも私の意思が介入してくる。
「安心して、貴方とソレイユの婚約は勝手にすればいいわ」
「な、なんだと……」
「好きにすればいいと言ったのよ。ソレイユと婚約したところで、私にもヴィクセント家にとってもなんの影響もないわ。したいなら勝手にすればいいのよ。好きなら関係ないでしょう?」
「くっ……」
二人の間に恋愛感情がないことくらい、私は当然知っている。
エトワールはお父様から事情を聞いていた。
いずれ当主は私ではなく、ソレイユになることも。
だから彼も、私ではなくソレイユを新しい婚約者に選んだ。
この男が見ているのは権力だけだ。
当主になる人物と婚姻を結び、自分の権力を強めたかったにすぎない。
そんな男を少しでも信じていた昔の自分が馬鹿みたいね。
「皆も覚えておきなさい。私がヴィクセント家の当主セレネ・ヴィクセントよ!」
「ほ、本当なのか……」
「この力は紛れもなく異能だ」
「影の力……なんと不気味な力なの」
会場中から不安そうな声があふれ出す。
ここには名のある貴族たちも大勢参加している。
噂はすぐに広まるだろう。
「……」
さぁ、これで後戻りはできない。
するつもりなんてなかったけど、改めて覚悟が決まった。
私はもう、誰も信じない。
信じるのは自分だけで十分だ。
誰の目も、他人の気持ちも気にしたりなんてしない。
私は、私のために生きる。
今回こそ必ずこのループを抜けてみせる。
そのためなら、私はなんだってやれる。
悪役にでもなってやる。
ここまでが短編の話です。