49.本当の気持ち
戦いは終わった。
魔獣たちもアレクセイたちの尽力で一匹残らず退治された。
これにて、私たちの完全勝利となる。
皆が勝利に安堵する傍らで、再会を果たした兄弟の会話が聞こえる。
「ユークリス。今まで悪かったな。心配ばかりかけて」
「ううん。兄さんは何も悪くない。ボクにこんな力があるから兄さんが苦しい思いをしてる……全部ボクのせいなんだ」
「それは違うよ。お前は何も悪くない。だって俺は、お前にずっと感謝しているんだから」
「え?」
ディルはユークリスの瞳から流れる涙をぬぐう。
「誰もが俺のことを忘れてしまった。それでも、お前だけは覚えてくれている。そのこと何より嬉しくて、救われた気持ちになったんだ。お前がいなかったら、きっと俺は全部がどうでもよくなっていたよ」
「兄さん……」
「だからユークリス……自分を犠牲にして俺を助けようとはしないでくれ。俺はお前に生きていてほしい。幸せになってほしいんだ」
「……ボクも……そんなのボクもだよ」
瞳から涙はあふれ出す。
ぬぐってもぬぐっても、抑えられないほどに。
それだけ深く大切な想いなのだろう。
自分より相手のことばかり考えているところは兄弟らしくよく似ている。
本当に似た者兄弟ね。
「ヴィクセントさん?」
「私は先に帰るわ。せっかくの再会よ? ゆっくりしていきなさい」
「ああ。ありがとう。なるべく早く戻るよ」
「ゆっくりでいいわよ」
感動の再会を邪魔するほど私は無粋じゃないわ。
ここでやるべきことは終わった。
あとのことはゴルドフたちに任せて……。
「その前に回収だけしておきましょうか」
私は倒れているエトワールに視線を向ける。
◇◇◇
騎士たちは戦闘後の後始末を始めていた。
負傷した者を優先して運び出す。
慌ただしい状況を利用して、ディルとユークリスはこっそり二人だけになれる場所へ移動した。
「あいつはゆっくりなんて言ってたけど、あまり時間はないな」
「うん。兄さんはヴィクセントさんと一緒にいたんですね」
「ああ、最近になってな。あいつも俺と似たような悩みを抱えてるんだよ」
「そうだったんですね。ヴィクセントさんには後でお礼を言わないと。おかげで兄さんとまた会えました」
偶然ではあるものの、彼女がきっかけを作った。
ディルがセレネと出会い、行動を共にしていたからこそこの機会は生まれたのだ。
「そうだな。俺からも礼を言っておくよ。いや、その前に謝らないとだな」
「どうしてですか?」
「……俺はあいつに嘘をついていた。自分の気持ちを偽っていたんだ……」
「兄さん?」
心配そうに見つめるユークリス。
ディルは彼の頭を優しく撫でて微笑む。
「ユークリス。俺は――」
◇◇◇
月夜に屋敷を歩く。
ディルはセレネがいる執務室に向かっていた。
「すっかり遅くなったな」
ユークリスと話した後も、彼は騎士たちの後始末を手伝っていた。
セレネの元に戻っていいと言われながら、お人好しの彼は騎士たちを放っておけなかったのだ。
そして時間は過ぎて、いつの間にか夜になっていた。
ディルは急ぎ足で廊下を歩く。
正面から男が歩いてきたことに気付いた。
彼らは互いに立ち止まる。
「ん? あんたは……」
「貴様は……セレネが雇った護衛か」
ディルとセレネの父ラルド・ヴィクセント。
偶然の邂逅だった。
これまで同じ屋敷にいながら、一度も顔を会わせたことがなかった二人が、ここにきてようやく対面した。
「ふっ、セレネめ。部外者を入れるだけでも愚かだというのに、勝手に護衛につけるとは……」
「今の当主はあいつだ。あんたに文句を言う資格はないよ」
「貴様……なんだその口の利き方は!」
「生憎だけど、我らが当主様に堂々としていろと言われてるんだよ」
にらみ合う二人。
互いに種類の異なる苛立ちを向ける。
「ふんっ、もういい」
ラルドは歩き出し、ディルの横を通り過ぎる。
そんな彼をディルが呼び止める。
「いつまで現実から逃げているつもりだ?」
「――なんだと?」
ラルドは立ち止まり、怒りのままに振り返る。
「当主の座を奪われたことじゃないぞ? 俺が言ってるのはセレネの……いや、彼女の母親のことだ」
「――!?」
「俺はここに来る前にいろいろ調べたんだ。セレネやあんたのことをな。その過程で俺は知ったよ。どうしてあんたが、セレネに辛く当たるのか」
「黙れ!」
ラルドは怒声を浴びせる。
しかしディルは話を止めない。
「あんたは彼女の母親を愛していたんだ。亡くなった彼女の母親を忘れられず、彼女にその面影を感じていたんだろう」
「う、うるさい! 貴様に何がわかる!」
「わかるさ。俺も、忘れられない苦しみをよく知っているからな」
ディルは異能の開花によって、弟を除くすべての人間から忘れられた。
残酷なのは、彼自身は覚えているということだ。
幸福だった日々を彼は鮮明に覚えている。
忘れたいと願っても、簡単には消えてくれない……大切な思い出。
「あんたもわかってるはずだろ。いくら拒んでも、否定しても、現実は変わらない。失ったものは戻って来ないんだ」
「くっ、そんなこと……」
わかっている。
そう言いたげに、ラルドは唇をかみしめる。
「いい加減認めてやれよ。彼女はセレネ・ヴィクセント。あんたの……あんたと愛した人の娘なんだ」
「……若造が……」
ディルは歩き出す。
セレネが待つ部屋を目指して。
「……はぁ。余計なお世話だったか」
本当は言うつもりなんてなかった。
それでも言葉に出てしまったのは、弟と久しぶりに会えたことが影響していた。
どれだけ離れていようと、目に見える繋がりは消えても、互いに想い合える。
自分の心と、弱さと向き合えれば誰だって……。
「孤独は辛いからな」
簡単には解決しないだろう。
彼らがそうだったように、人と人との間には見えない障害がいくつもある。
それでもいつか――
「遅かったわね」
「ああ。ただいま」
「お帰りなさい」
分かり合える日が来ると、彼は信じている。
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