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48.守りたいもの

 戦況は膠着状態にあった。

 魔獣の群れはアレクセイたちが食い止めている。

 そちらは問題ない。

 アレクセイや騎士たちの尽力もあるが、一番大きな要因はエトワールの星読み。

 彼が未来を見ることで、常に先手をとることができる。

 今回の戦闘の根幹をなしているのは彼だ。

 しかし、彼の異能も万能ではない。

 彼が見られる未来は一度に一つ。

 つまり、目の前の戦況以外は見ることができない。


「――ん? 魔獣の様子がおかしいよ!」

「なんだ?」


 もし、彼の異能で全てを把握することができていれば、この戦いの結末もより明確にわかっただろう。

 魔獣に起こった変化にも、いち早く気付けたに違いない。


 魔獣の身体は全身が殻のようなもので覆われていた。

 硬度は鋼鉄以上であり、激しい攻撃から身体を守っていたと推測できる。

 その殻が今、崩れ落ちていく。

 攻撃に耐え兼ねて……ではなかった。

 自らの意思で、殻を脱ぎ捨てている。


「ちょっと待ってよ! これってさぁ!」

「まさか……魔獣の形が――」


 変化した。

 殻を脱ぎ去り、一回り小さくなったその姿は悪しき異形のドラゴン。

 四枚の羽で空を飛び、怒りに満ちた瞳が何かを捉える。


「嘘でしょ! その羽って飾りじゃなかったの?」

「飛べる形態に変化させたのか! だがこれは……俺の重力に……」

「力も増しているのか?」


 ゴルドフの重力は継続中。

 今も尚、魔獣には押しつぶされそうな重力がかかっている。

 それを意に介さず、魔獣は空を舞う。

 さらには羽を激しく羽ばたかせ、大気の守護者に匹敵する突風を発生させる。


「うおっと!」

「ぐっ!」


 ゴルドフが堪らず吹き飛んでしまう。

 この時点で重力は解除された。

 必然、身軽になった魔獣の速度は向上する。


「まずい!」


 ゴルドフは体勢を崩していた。

 吹き飛ばされた衝撃で脳が揺れ、ふらついている。

 今襲われたらひとたまりもない。

 そう判断したディルはゴルドフの元へかける。


 しかし、魔獣が狙ったのはゴルドフではなかった。

 偶然か。

 それとも本能が示したのか。

 羽を広げた魔獣が向かったのは――


「な、なんだ!」


 幼い国王の下だった。

 エトワールも眼前の戦況に異能を使っていて気付けなかった。

 魔獣は上空から二人を襲う。


「水よ!」


 咄嗟に一番近くにいたアレクセイが異能を発動させる。

 水流を操り二人の間に壁を作る。

 だが弱い。

 短時間で生成した水の壁など、羽の羽ばたき一つで吹き飛んでしまう。


「ぐっ!」

「う、うあ!」


 突風により二人が吹き飛ぶ。

 エトワールは横に跳び、木に背中を打ち付け昏倒する。

 もう一人、ユークリス陛下は宙を舞った。

 魔獣は彼に狙いを定めている。

 やはり本能で察しているのかもしれない。

 全ての元凶、自身を阻む障害が誰なのかを――


「陛下!」


 ゴルドフが叫ぶ。

 しかし彼の異能では届かない。

 届くとすれば私の異能だけ。

 近くの影に移動して……それでもギリギリ間に合うかどうか。

 どちらにしろ、今私が動けばここまでの準備が無になる。

 瞬間の判断を迫られている。

 準備を放棄し、彼を助けに向かうか。

 それとも――


「ユークリス!」

 

 その時、彼の声が聞こえた。

 だから私は決断する。

 助けにはいかない。

 私が行く必要はない。

 あの子が窮地に陥っている。

 ならば私が動かなくても、必ず彼が動く。

 私はそう、信じている。


 魔獣の空を喰らう。


 彼は駆け出していた。

 私よりも早く。

 纏った影すら置き去りにして、あの子の元へ。


「兄……さん?」

「無事か? ユークリス」

「……うん!」


 ディルは迷いなく全力で弟の命を救った。

 彼にとって一番大切なものを守るために。

 不死身の怪物は、誰よりも優しく穏やかに微笑む。


「兄さん……やっぱり兄さんだったんだね」

「ああ。すまないな」

「ずっと、ずっと……会いたかった」

「俺もだよ」


 兄弟の感動の再会。

 そんな微笑ましい雰囲気も、魔獣の存在が邪魔をする。


「兄さん!」

「わかってる。話はあれが片付いた後だな」

「うん、でも今の攻撃で戦線が……」

「心配いらない。俺の共犯者は頼りになる奴だからな」


 魔獣は二人に標的を定めている。

 ディルは慌てることもなく、優雅に地面に着地した。

 彼の足元には影ができる。


「五分、たったぞ」

「――ええ」


 その影を通り道にして、私は二人の前に移動する。


「ヴィクセントさん!」

「任せたぞ。影の守護者」

「任されたわ」


 五分経過した。

 準備は万全。

 加えてユークリスに近づいたことで、私の中で異能の力が増幅される。

 今なら確実にできる。


「影よ――全てを呑み込め」


 戦場一帯に影が広がる。

 さらに天を覆うようように影は伸び光を阻む。

 影の結界。

 ディルと戦ったときに使ったものと同じ。

 魔獣を影の中に引きずり込んで倒す。

 影の中には何もなく、生命を維持することはできない。

 不死身でない限り、魔獣であっても例外なく。


「死になさい」


 時間にして一秒もなかった。

 影は異形の魔獣を呑み込み、静かに消える。

 静寂の中で吹き抜ける優しい風が、戦ったものたちに告げる。


「終わった……のか?」

「倒したんだ! あの魔獣を!」


 勝利を。

 歓声が沸き上がる。

 喜びと安堵で涙を流す者たちもいた。

 彼らは確かに目撃していた。

 災いを呼ぶ影の力が、災害を呑み込んでしまう光景を。

 ただ、今の彼らの表情からは欠片の恐怖も感じない。

 むしろ、時折おかしな言葉が聞こえる。


「ありがとうございます!」

「影の守護者様バンザーイ!」

「……現金な人たちね」


 口ではそう言いながら、心では喜びを感じている。

 誰も信じない。

 自分のためだけに生きる。

 そんな私が他人に認められて嬉しく思うなんて、少し恥ずかしい。

 

 まぁ、悪い気分じゃない。

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