43.真実
「こんなにも早く来てくれるなんて嬉しいわ。ヴィクセントさんとはゆっくりお話ししたいと思っていたの」
「そう。光栄だわ」
どうしてだろう?
話しているだけで気持ちが悪いと思ってしまうのは。
気分が悪くなる。
アレクセイから感じたものとは別の……。
人ではない何かと会話している感覚。
ディルはこの屋敷に人の気配はないと言っていた。
つまり目の前にいる彼女も……。
そう、だったら……。
人形とお話するなんて乙女なこと、私にはできないわね。
「どうぞ座って。お茶でも飲みながら――」
「長居するつもりはないわ」
穏やかな雰囲気を斬り裂くように、私はハッキリと口にする。
ミストリアはビクッと身体を震わせ、僅かに笑顔が強張る。
「本題に入りましょう。私は世間話をするために、わざわざこんな森の中に来たわけじゃないわ」
「……少しくらいゆっくりしてもいいじゃない」
「アレクセイたちじゃないけど、今の状況でよくそんなことが言えたわね。第一、私と話がしたいならまず、ちゃんと私の前に来なさい」
「何を言っているのかしら? 私はここに――」
「ふざけないで」
威嚇のつもりで影の力を解放する。
蠢く影の力を前にして、彼女は動揺こそすれど恐れは見せない。
それが何よりの証拠になる。
たとえ自分が攻撃されても、痛くもかゆくもないという。
「貴女が人形だってことくらい、私たちは気づいているのよ」
「――! ……そう、やっぱり貴女には気付かれていたのね」
「当然でしょう」
実際はディルがいたから気付けたのだけど。
チラッと見たディルの顔から、俺のおかげだろという声が聞こえてきそう。
別にいいじゃない。
話の流れなんだし、それに今重要なのはそこじゃないわ。
「話がしたいなら本人が来なさい。できないならここまでよ。私たちは帰るわ」
「……」
沈黙が数秒続く。
彼女がどう答えるかに期待する。
もし姿を見せないのであれば、このまま屋敷を壊してでも本体を探さないといけない。
そんなことをすれば普通、私が罪に問われる。
だけど今は状況が味方をしてくれている。
彼女が隠している何かによっては、私ではなく彼女が罪に問われるかもしれない。
もっとも私も暴れたいわけじゃない。
穏便にいくことを私も期待している。
そして……。
「わかったわ。元々そのつもりだったもの。貴女が私の正体に気付いているなら、もう隠し通せないものね」
「そう。賢明な判断ね」
私は影を引っ込める。
荒事にならなそうでホッとする私に、ミストリアは尋ねる。
「話す前に場所を移動するわ。ヴィクセントさんと……その方も一緒に来るのかしら?」
「ええ。彼は私の護衛よ。信頼しているから心配いらないわ」
「……わかったわ。じゃあついてきて頂ける?」
「ええ」
ミストリアを先頭にして部屋を出る。
今日はよく誰かに案内される日だ。
「信頼してくれてるんだな」
「なに? 不満?」
「いいや、光栄だと思っただけだ」
「そう」
部屋を出る時にそんな話をして、私たちは彼女の案内に従う。
階段を下り、一階から地下へ。
さらに階段を下りていく。
「どこへ向かっているの?」
「それは到着するまでのお楽しみよ」
「……」
「大丈夫。危険がないことは保証するわ」
何を根拠に言っているのか、とツッコミたくなる。
どこまで続くのかわからない階段を下る。
地下も一、二階ではない。
これほど深い場所に向っている時点で、警戒しないほうが無理な話だ。
「――これは」
「どうかした?」
「……誰かがいる。一人だ」
ディルの嗅覚が人の存在を捕らえたらしい。
私たちが向かっている先で人が待っている。
おそらくはその人物が、本物の森の守護者なのだろうと。
ついに階段が終わる。
目の前に現れたのは、鋼鉄の扉だった。
「この中に、私の全てがあるの」
「どういう意味?」
「見てもらったほうが早いわ」
そう言って彼女は扉を開ける。
ギギギと金属と石が擦れる音と共に、扉が開いた先には――
真実があった。
淡い蛍のような光が無数に漂う。
部屋の中には白いベッドが一つだけあった。
そこに眠っていたのは……しわだらけのお婆さんだった。
「これが私です」
答えた彼女の顔を見る。
続けて眠っている老人の顔を見て、よく似ていることを確かめる。
老いた身体には植物が絡まっていた。
彼女を縛っているようにも、守っているようにも見える。
にわかには信じられない。
だけど、この眠っている老人から、確かに異能の力を感じ取れる。
私の異能が彼女の異能と呼応している。
「この人が……本物の守護者なのね」
「ええ。正確にはどちらも本物よ。眠っている私の意識が、人形を通して話しているの。本当の私はもうしゃべることもできないわ」
「……どうしてこんなことになっているの? 見ればわかると言ったわね。確かにわかったわ。けど……」
余計に疑問は深まった。
森の守護者の正体が、眠っている老人だということ以外わからない。
私は彼女がこうなっている理由を尋ねた。
「ヴィクセントさんは、フルシュ家についてどこまで知っているの?」
「大枠くらいしか知らないわ。私より、こっちの彼のほうが知っているでしょうね」
「そうなのね。だったら長くなるけど最初から話しましょう。私が当主になったのは……今から百と二十年前だったわ」






