41.お誘い
「参加できないだと?」
「どういうことかな?」
ゴルドフとアレクセイが続けて尋ねる。
ミストリアは淡々と返す。
「言葉通りです。私は今回の件に協力することができません」
彼女の返答を聞いて、二人の表情が強張る。
「冗談が過ぎるよ、ミストリア嬢。空気が読めていないんじゃないかい?」
「申し訳ありません。冗談ではありませんわ」
「なぜだ? 一刻を争う事態だということくらい、貴女も理解しているはずだろう?」
「ええ、わかっています」
立て続けに二人が質問し、それに淀むことなく平然と対応する。
悩んだり申し訳なさそうにする素振りもない。
その態度が、二人をイラつかせる。
「この事態に協力しないなんて頭がおかしいんじゃないのかな? この俺が参加するんだよ?」
「守護者の使命は王と民を守ることだ。守護者の一人ならば、使命を果たすべきだろう」
「……」
きつい言葉を放つ二人。
ミストリアは黙り込んでしまう。
ここで救いの手を差し伸べたのは……。
「落ち着いてください。皆さん」
ユークリス陛下だった。
陛下が声をかけたことで二人とも冷静さを取り戻す。
「失礼しました」
「俺は冷静だったけどね」
十分に熱くなっていたと思うけど。
アレクセイが怒るのは少し意外だった。
彼にも人並みに正義感があったのね。
女のことばかり考えていると思っていたわ。
「ミストリア・フルシュ」
「はい」
「訳を聞かせてもらえませんか?」
陛下は優しい声で諭すように尋ねた。
しかし彼女の返事は沈黙。
答えるつもりはなさそうだった。
「陛下が問われているのだぞ」
「理由も言えないのかな?」
「……申し訳ありません」
詰め寄って帰って来たのは一言の謝罪。
その後、彼女は席を立った。
「おい、どこへ行く」
「私に話せることはありません。体調も優れませんので失礼させていただきます」
「まだ会議は――」
「構いません」
ゴルドフの言葉を遮った陛下は、視線で彼にもういいのです、と伝えていた。
陛下がいいのならと、ゴルドフも自身の言葉を引っ込める。
「御足労ありがとうございました。お身体にお気を付けください」
「……はい。ありがとうございます」
小さく会釈をして、彼女は出口に向かって歩き出す。
陛下が認めたとはいっても、ゴルドフやアレクセイは未だ怒りを露にしている。
鋭い視線が彼女に付きささる。
彼女の行動は、私ですら身勝手だと思える。
一体何を考えているのか……。
彼女が私の後ろを通りかかる。
「――あとで私の屋敷に来てください」
「え?」
それは小さなお誘い。
おそらく私にしか聞こえない声量だった。
理由を尋ねる暇もなく、彼女はスタスタと出口へ向かい、部屋を出て行ってしまった。
バタンと閉まった扉の音を合図に、ゴルドフがため息をこぼす。
「よろしいのですか? 陛下」
「いいのです。彼女にも事情があるのでしょう」
「この一大事に協力できない事情か。どんなものかぜひ教えてもらいたいものだね」
「いずれ話してくださることを信じています」
やはり二人は納得していない。
意見こそしていなかったけど、エトワールも同様でしょう。
ロレンスは……馬鹿だから気にしてなさそうね。
「理由……ね」
アレクセイじゃないけど、私も彼女が協力を拒む理由には興味がある。
せっかくのお誘いだ。
断る理由は……ないわね。
◇◇◇
「……」
ディルはひとり、執務室で帰りを待つ。
静かな部屋で時計の針が動く音だけが響く。
「――戻ったか」
影の揺らめきにいち早く反応して、姿を見せた私と視線を合わせる。
「ええ」
「話はまとまったか?」
「まとまったといえばそうね」
「なんだ? 上手くいかなかったのか?」
説明するのが少し面倒だ。
ミストリアが部屋を出てから、私たちは対策について意見を交わした。
ほとんど話していたのはゴルドフとアレクセイだった。
時々星読みの意見を聞かれてエトワールが話していたくらいで、ロレンスと私は黙って聞いていただけ。
最終的な結論としては、魔獣が街に入る前に私たちが出向いて戦い討伐。
最低でも撃退を目指すことになった。
「そうか……まぁそれ以外ないよな」
「ええ。三日後の早朝には出発するそうよ。貴方も準備しておいて」
「……ああ」
ディルは見るからにソワソワしていた。
何か他に聞きたいことがあると、表情と態度で言っているような。
彼も大概わかりやすい。
違うわね。
あの子に関することだから……かな。
「そんなに弟のことが気になるなら参加すればよかったじゃない」
「うっ、いや別に気になっては……」
「いるでしょう? 顔に書いてあるわよ」
「か、書いてはないだろ」
「それくらいわかりやすいって意味よ」
全て図星だから言い返せない。
ディルは恥ずかしそうに目を逸らしながら答える。
「あいつに余計な心配をかけたくないんだよ」
「……不器用ね」
私が言えた話でもないけど……。
「元気そうだったわよ」
「……そうか。ならよかった」
ディルは安堵してホッと胸をなでおろしていた。
「そろそろ行くわよ。他に聞きたいことがあるなら移動しながら話すわ」
「え? 行くってどこに?」
「聞いてなかったの? お誘いを受けたって言ったでしょう」
「ああ……森の守護者の。もう行くんだな」
「ええ」
魔獣との決戦まで三日。
あまり自由に動ける時間はない。
彼女の秘密と異能の回収……今夜で全て終わらせる。






